パリ · 宮殿・各室
戴冠の間 - 皇帝ナポレオンより鷲旗を授かる軍隊の誓いと離婚
ヴェルサイユ宮殿 · パリ, フランス
この絵は、戴冠式から3日後の1804年12月5日に行われたもう一つの公式行事を描いたものである。ナポレオンはフランス軍の象徴をローマ帝国風の鷲に改め、絵の中では各連隊に鷲の意匠を施した旗を授け、兵士たちが熱狂する様子が描かれている。この絵にも本来、向かいの作品と同様に皇后ジョゼフィーヌが描かれていたが、現在その姿は見当たらない。完成の1年前にナポレオンとジョゼフィーヌが離婚したためである。制作の最中だったダヴィッドは急いでジョゼフィーヌを消さざるを得ず、その空いた部分を埋めるため、彼女の息子ウジェーヌ・ド・ボアルネの片脚を前方に長く踏み出した姿に描き直した。そうした経緯を知って見返すと、彼の姿勢がどこかぎこちなく感じられるかもしれない。
ナポレオンとジョゼフィーヌが離婚した理由は、跡継ぎを得られなかったためである。ジョゼフィーヌは前夫との間に息子をもうけていたが、ナポレオンとの間には子をなせなかった。二人の離別後、ナポレオンはマリー・ルイーズと再婚し、息子を得た。この部屋にはマリー・ルイーズの肖像画と、その向かいにジョゼフィーヌの肖像画が共に掛けられ、その下には将校時代と皇帝時代のナポレオンを描いた作品もある。反対側の壁一面を埋めるもう一つの巨大な絵は、フランス軍が勝利を収めたアブキールの戦いを描いたもので、この部屋に飾られた絵の中で唯一、戦場の緊迫感をとらえており、ナポレオンが皇帝になる前は軍事的英雄であったことを際立たせている。部屋の中央に立つ陶製の円柱は、ナポレオン最大の勝利であり、フランスをヨーロッパの中心国家に押し上げたアウステルリッツの戦いを記念して作られたものである。円柱の胴体にはナポレオン軍の行軍経路や戦闘の場面、勝利した兵士たちの姿が刻まれ、頂上には勝利の女神像が置かれている。