パリ · 絵画
なぜピカソはパリを目指したのか
ピカソ美術館 · パリ, フランス
ピカソが初めてパリを訪れた1900年、パリは19世紀末から20世紀初頭にかけての「ベル・エポック(美しき時代)」の真っただ中にありました。産業革命を経てエッフェル塔が建ち、万国博覧会が開かれ、地下鉄も開通。街は社会・経済・文化のあらゆる面で急速に変わりつつありました。そんな空気の中で、芸術家たちは既存の芸術から抜け出し、もっと自由になりたいという思いを強めていきます。なかでもモンマルトルは、ほかの地区より家賃が安く、税も一部免除されていたため、芸術家同士が集い、交流するのにこれ以上ない場所でした。
ピカソは1904年、ついにパリに腰を据えます。当初は言葉も通じず、無名の時代を耐え忍びましたが、やがて認められ、絵も売れるようになり、巨匠と呼ばれるまで、彼の人生の舞台はずっとパリでした。そのため、街のあちこちに彼の足跡が残っています。無名時代に間借りして暮らした「洗濯船(バトー・ラボワール)」、通い詰めて酒を酌み交わしたキャバレー「ラパン・アジル」、そしてピカソ美術館が代表的です。
ピカソ美術館は、17世紀半ばに建てられた邸館を現代に改装して開館しました。ピカソの相続人たちが相続税の代わりに作品を国に納めたことで、フランス政府は質の高い作品を数多く確保することができ、所蔵品は約3,000点にのぼります。絵画をはじめ、彫刻、レリーフ、陶器、素描、エッチングなどが含まれています。
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