パリ · グルメ
暮らしの芸術としての食卓――フランスの食事哲学
サン・ジェルマン・デ・プレ · パリ, フランス
フランスには「食事は単なる栄養補給ではなく、人生の芸術」という言葉があります。家族や友人と食卓を囲み、ゆったりと食べる時間を大切にし、美食そのものを文化であり哲学であると捉えているのです。実際、フランスの伝統的な食事作法は2010年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。伝統的な食事は、食前酒(アペリティフ)に始まり、前菜、メイン料理、チーズ、デザートと最低でも4つのコースを経て、食後酒(リキュール)で締めくくられます。料理を味わいながらゆっくり会話を楽しみ、味覚の喜びと人とのつながりをともに感じること。それがフランスの食事哲学の核心です。
ただし、実際の食事のスピードは意外にも速めです。食べるのは早く、おしゃべりのほうをはるかに長く楽しむ、というのが実情に近いようです。
最近は、毎回コースを整えて食べるわけではありません。コースで楽しむのは大切な家族の食事のときくらいで、レストランでもメイン料理だけを注文したり、家でもワンプレートで簡単に済ませたりする人が増えています。レストランでも、前菜とメイン、あるいはメインとデザートをセットにしたメニューをよく見かけます。
朝食はとてもシンプルです。温かいコーヒー1杯にクロワッサンがあれば十分で、バゲットにジャムやバターを塗って食べることもあります。最近は朝食を抜く人も多く、子どもたちはホットチョコレート(chocolat chaud)を欠かしません。
昼食は、学生や会社員ならサラダやパスタで手軽に済ませることが多いものの、伝統的には一日のうちで最も大切な食事とされてきました。週末には2~3時間以上かけてゆっくり昼食を楽しむこともあります。カトリックの国であるフランスには、日曜のミサのあとに家族で集まって長い時間食事をする習慣があり、それが「食事はゆったりと」という意識を根づかせました。昼食より軽めの夕食は、家で家族と食べることが多く、十分に時間をかけて会話を楽しむことが重視されます。
フランスの人々は、テーブルマナーもとても大切にします。根底にあるのは、一緒に食事をする相手への敬意です。食べ始める前には「召し上がれ」という意味の「ボナペティ(Bon appétit)」の挨拶を交わします。両手はテーブルの上に自然に置き、肘はつかず、片手にフォーク、もう片方の手にナイフを持って優雅に食べるのが礼儀です。サラダの大きな葉はナイフで切らず、フォークで折りたたんで食べます。ピザやサンドイッチも、できれば手を使わずフォークとナイフで食べます。食事が終わったら、フォークとナイフを皿の上に揃えて置き、食べ終えたことを知らせます。旅行者が自由に食べても全く問題ありませんが、肘をつく行為だけは、子どものころに親から必ず叱られるのだそうです。こうした細部にまで、相手への思いやりと食べ物への敬意が込められています。
食事に時間がかかる理由のひとつは、料理をゆっくり味わう文化があることです。フランス料理は繊細な味わいなので、ゆっくり食べてこそ本来のおいしさが分かります。また、食事中の会話を重んじるため、家族や友人が集まると話が尽きず、自然と食事の時間が長くなります。熱々のまま食べずに少し冷ましてから口にする習慣や、レストランで次のお客さんを気にせず自分の食事時間をたっぷり楽しむ文化も、フランスの食事が長くゆったりとしている理由です。


