夜のパリ散歩 · 18/24

パリ · 街歩き

夜のルーヴル――クール・カレからガラスのピラミッドへ

パリ · パリ, フランス

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いま立っているのは、ルーヴルのクール・カレ(cour carrée)、つまり四角い中庭です。パリに何度か来たことがある方でも、ここを知らない人は少なくありません。夜の中庭は、別世界に迷い込んだかのように静かで美しい場所。映画『ミッドナイト・イン・パリ』の主人公ギルが1920年代へタイムトリップしたとすれば、私たちはルネサンスの時代へ時間旅行してきたようなものです。

ルーヴルはよく、ルネサンス様式の建築といわれます。神中心だった中世が終わり、人間中心、古代への回帰を掲げたルネサンスは14世紀に始まり、15世紀から本格的に広がっていきました。ところが、ルーヴルが最初に造られたのは12世紀、つまり中世のこと。フィリップ・オーギュスト王が、イングランドから首都を守るために築いた要塞が、ルーヴルの始まりでした。中世の建物がルネサンス様式になったのは、16世紀の王フランソワ1世がここをルネサンス様式に改築したからです。彼は、イタリアで花開いたルネサンスにすっかり魅了された王でした。当時のイタリアには、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロといった芸術家たちが活躍していて、フランソワ1世はフランスに戻ってからも彼らの作品を身近に置きたいと願い、「フランスに来てくれれば厚遇する」と手紙を送って誘いました。ダ・ヴィンチはこれに応じてフランスへ渡り、ミケランジェロは断りました。おかげで今日、ルーヴルでは『モナ・リザ』をはじめとするダ・ヴィンチの晩年の作品を見ることができます。フランソワ1世は、要塞だったルーヴルをルネサンス様式の宮殿に改築し、居城としました。

では、ルネサンス様式の特徴とは何でしょうか。ルネサンスは、古代ギリシャ・ローマの復興です。神中心だった中世と違い、人間の理性によって、人体の比率や遠近感、立体感を表現できるようになりました。中世では神が最も重要なので、比率にこだわらず、神は大きく、ほかは小さく描き、立体感や遠近感もほとんど表現されませんでした。一方、古代ギリシャ・ローマの時代には人体の比率が研究され、現在の美の基準が生まれました。最も美しい比率とされる八頭身や、片足を踏み出してバランスをひねることで生まれるS字カーブの「Sライン」が登場したのもこのころです。この美の基準をよく表す、作者不詳の古代の作品が『ミロのヴィーナス』で、完璧な比率で今にも空へ飛び立ちそうな『サモトラケのニケ』もまた古代の作品です。こうした特徴は建築にも表れています。完璧な対称性、均衡、比例、秩序を建築に映し出したのがルーヴルです。ここから見渡すだけでも、四角い空間の左右対称ぶりがよくわかります。どの門から入ってきたか覚えていますか? どれも同じように見えるので、夢中で写真を撮っているうちに迷子になりがちです。私たちは、フランス学士院が見える門から入ってきました。入って左手の門が、ルーヴルの象徴であるガラスのピラミッドへ通じています。

その門へ向かう前に、建物のそばまで近づいて、柱を見てみましょう。ギリシャ・ローマの神殿で見たことがあるような柱です。古代の柱は三つの種類に分かれます。先端に何も飾りがなければドーリア式、先端に羊の角のような渦巻きが二つ付いていればイオニア式、先端に草の葉のような装飾が付いていればコリント式です。この三つを一度に見られるのがローマのコロッセオで、1階はドーリア式、2階はイオニア式、3階はコリント式の柱です。次の行き先がローマなら、ぜひ確かめてみてください。筆者はコロッセオに二度行きながら、これを知らずに訪れ、あとで知ってとても悔しい思いをしました。旅程にローマがない方は、古代の柱をルネサンス様式でよみがえらせ、葉をたっぷりとあしらった柱が目の前にあるので、その姿を想像して、次の機会にローマで確かめてみましょう。

門を抜けて階段を下りる前に、巨大な「お母さんピラミッド」と3つの「赤ちゃんピラミッド」、そしてルネサンス様式のルーヴルを一望できます。筆者がパリでエッフェル塔の次に挙げる夜景の名所です。ルーヴル美術館は、夜間開館日の水曜と金曜を除いて夕方には閉まるため、夜景を見に来れば、昼間には見られない静かなルーヴルを楽しめます。街灯の下で撮れば、顔もきれいに写ります。ルーヴルの特徴は対称と均衡の美だとお話ししましたが、中央のピラミッドを基準に左右を見比べてみてください。ほとんどデカルコマニーのようです。ただ、このピラミッドが16世紀に造られたとは思えませんよね。建築にガラスが取り入れられたのは比較的最近のことで、現代建築の特徴です。ルーヴルが800年を超える歴史をもつのに対し、ガラスのピラミッドは造られてから30年ほどしかたっていません。完成は1989年。またしても89年です。1789年のフランス革命から200周年にあたり、ポンヌフが整備されたように、ルーヴルも整備されました。

当時、ルーヴルには問題がありました。ルーヴル美術館は3つの翼(館)で構成されています。いま立っているのがシュリー翼で、シュリー翼を背にして立つと、右手がリシュリュー翼、左手がドノン翼です。ガラスのピラミッドができる前は、それぞれの館の入口から入ってチケットと荷物の検査を受け、鑑賞したあとまた同じ入口から出て、再び検査を受けて別の館に入る、という煩雑な手順が必要でした。ガラスのピラミッドは、この交通整理を一手に引き受けたのです。一度に入場して、館内で各翼へ移動できるようになりました。それでも反対の声は大きなものでした。ルネサンス建築の真ん中に、エジプトの遺産であるピラミッドを建てることが許せなかったうえ、設計者が中国系アメリカ人のI・M・ペイだったことも気に入らなかったのです。ところが、できあがってみると非常に便利で、ガラス製なので下の階に照明をつけなくても自然光が入って電気代も節約でき、ルーヴルとの相性も思いのほか良かったのです。こうして少しずつ認められ、いまではフランス人にも愛されるルーヴルの象徴となりました。

写真を撮り終えたら、残りのコースは徒歩では行けない距離なので、交通機関を使うことになります。筆者のおすすめは、今日はここで切り上げて、残りのツアーは別の日にまわすことです。次の目的地のビラケム橋は、昼間や夕暮れ時の姿も素敵なので、そのころに訪れるのもよいでしょう。時間がまだたっぷり残っているなら、交通機関でビラケム橋へ向かいましょう。

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