パリ · 街歩き
コンシエルジュリー ― マリー・アントワネット最後の足跡
パリ · パリ, フランス
ノートルダム大聖堂からコンシエルジュリーまでは、徒歩で約7分です。短いパリ滞在では見過ごされがちな場所ですが、パリの歴史を知りたい方や、歴史ある場所を訪ねたい方にはぜひおすすめしたいスポットです。パリの歴史を語るうえでマリー・アントワネットは欠かせない存在ですが、コンシエルジュリーはまさに彼女の物語が残る場所。マリー・アントワネットは、フランス革命の際に断頭台で命を落とした王妃です。オーストリア帝国の女帝マリア・テレジアの末娘として生まれ、オーストリアのためにフランスのブルボン家へ政略結婚で嫁ぎ、ルイ16世の妻としてフランス王妃となりました。その最後の足跡を、この場所でたどることができます。
コンシエルジュリーは、もともとパリ最初の宮殿として建てられました。やがて宮殿がルーヴルに移ると、議会や国王の中央行政機関として使われ、1390年代からは牢獄になります。政治犯と一般の囚人がともに収容され、ボンベック塔の拷問室のために悪名高い場所でした。その悪評はフランス革命でピークに達します。恐怖政治の時代には、処刑を待つ人々が収容される牢獄となり、1793年から1795年にかけて、約2,600人がここを経て断頭台で処刑されたのです。その一人がマリー・アントワネットでした。彼女は1793年10月16日にここを出て、処刑場であるコンコルド広場の断頭台で斬首されました。処刑までの間は、ここの独房で過ごしたといいます。当時のコンシエルジュリーでは、お金や権力の有無によって待遇が異なり、裕福な人の牢と貧しい人の牢に分かれていたそうです。
牢獄としての使用は1900年代に入って終わり、現在は歴史記念館として、かつての牢獄の様子が再現されています。マリー・アントワネットが過ごした独房も、彼女を追悼する記念室として公開されています。当時の拷問室や牢獄の光景は蝋人形などで再現されており、往時の様子を分かりやすく知ることができます。見学の所要時間は30分から1時間ほど。ゆっくり見て回ることをおすすめします。

