パリの教会めぐり · 20/33

パリ · 建築

ヴィクトル・ユゴーの物語

パリ · パリ, フランス

このスポットの音声解説はアプリで MuseCatアプリ アプリで聴く

フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーは、書籍はもちろん、演劇や映画、ミュージカルでもおなじみの『レ・ミゼラブル』と『ノートルダム・ド・パリ』の作者として世界的に知られています。パリのあちこちに、その足跡が残っています。

■ 作家の人生 ナポレオン軍の将軍だった父に連れられ、幼い頃から引っ越しを繰り返したユゴーは、そのおかげでさまざまな文化に触れて育ちました。幼い頃から文才を発揮し、15歳で文学賞を受賞。存命中からフランス文学の象徴、国民的作家として認められていました。

ユゴーは政治的な人物でもありました。当初は王政復古を支持していましたが、のちに共和主義者へと転じ、ナポレオン3世を批判して亡命もしています。この時期に大作が生まれたのですから、私たちにとってはむしろ幸運だったとも言えそうです。そのため、彼の作品には政治的な主張だけでなく、死刑制度や貧民救済といった社会問題も数多く登場します。

■ 彼が守り抜いたもの ユゴーは、モン・サン=ミシェルとノートルダム大聖堂の保護を訴えたことでも知られています。フランス革命後、この二つの建物は傷み、放置されていました。彼はこれらを中世フランスの宗教建築の傑作であり、フランスの歴史とアイデンティティの象徴だと考え、修復と保護を主張したのです。ユゴーがいなければ、この美しい二つの場所は失われていたかもしれないと思うと、ぞっとします。

■ ミュージカルで出会うユゴー ユゴーの代表作『レ・ミゼラブル』と『ノートルダム・ド・パリ』は、ミュージカルとしても広く愛されています。

『レ・ミゼラブル』は、前科者だったジャン・ヴァルジャンが新しい人生を歩もうとする姿を描いた作品です。愛と犠牲、偏見と赦し、民衆蜂起まで、多彩な人物像と移ろう心理描写が支持されています。フランス革命を描いた作品と誤解されがちですが、舞台はその後に起きた革命です。初演はパリでしたが、日本でなじみ深いのはその後のロンドン・ウエストエンドの英語版。代表曲に「民衆の歌」があります。

『ノートルダム・ド・パリ』は、ノートルダム大聖堂の鐘つき男カジモド、ジプシーの女性エスメラルダ、聖職者フロロの愛と葛藤を描いた物語で、『レ・ミゼラブル』と並んでパリを代表するミュージカルとして親しまれています。「大聖堂の時代」などのナンバーが有名で、鮮やかな色彩とアクロバティックなほどの演技でも知られています。パリで初演されたのち、さまざまな言語に翻訳されて上演され、世界各地に根強いファンを持つ作品です。

■ 作家をたどるパリ旅 ユゴーが暮らした家は、ヴォージュ広場のシュリー館のすぐ隣にあるヴィクトル・ユゴー記念館です。現在は原稿や絵、家具などを展示する博物館になっています。ユゴーが政治活動や社会問題に深く関わっていた時期に暮らした家で、フランス革命のような大きな社会変化を彼がどう捉えていたのか、その背景を理解する手がかりにもなります。フランス文学に大きな足跡を残した彼は、画家としての才能も劣らず、ここでは彼のデッサンを間近で見ることができます。

サン=ポール=サン=ルイ教会は、ユゴーが生前に通っていた教会で、娘がここで洗礼を受けたといわれています。ドラクロワの絵がある教会としても有名です。重厚で華やかな外観に、繊細で豪華な内部装飾とステンドグラスと、見どころが尽きません。特別コンサートも開かれ、とくにオルガンの演奏で知られているので、通りかかってオルガンの音が聞こえたら、少し足を止めてみてください。

ユゴーの作品と尽力によって守られたノートルダム大聖堂の話は、ツアーの最後に。ユゴーが眠るパンテオンについては、アレクサンドル・デュマの話とあわせて後ほどご紹介します。

ユゴー編の最後は、ロダン美術館です。彫刻家ロダンはユゴーの熱烈なファンでもあったため、ロダン美術館にはユゴーの胸像をはじめ、ゆかりの作品が数多くあります。美術館の邸館にもロダンの作品がたくさん並んでいます。

このほかにも、パレ・ロワイヤル、オペラ・ガルニエ、リュクサンブール公園など、パリのあちこちでユゴーの像に出会えます。ふいに像が現れたら、誰なのか確かめてみてください。

音声ガイド

作品の前で、 再生するだけ。

アプリで聴く

無料ダウンロード · iPhone

iPhoneでスキャン

← マガジン一覧へ戻る

写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Diliff(CC BY-SA 3.0)。

写真 © TourLive(MuseCat の運営会社)