パリの教会めぐり · 19/33

パリ · 建築

サン=ジェルマン=デ=プレ教会と修道院

パリ · パリ, フランス

パリ
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サン=ジェルマン=デ=プレ教会は、パリで最も古い教会のひとつです。最大の見どころは、パリに現存する最古の鐘楼。11世紀頃に建てられ、千年の時を耐え抜いてきました。厚くて頑丈な壁と小さな窓が特徴のロマネスク様式で、鐘楼というより城塞を思わせる佇まいです。

■ 西ファサード 鐘楼から視線を下ろし、入口上の三角形の破風にある彫像をご覧ください。教会の名前の由来であり守護聖人でもある、聖ジェルマン・ド・パリです。パリの司教としてパリ初期のキリスト教史に重要な役割を果たした人物で、この修道院に埋葬されたことで巡礼地となりました。右側にも彫像があり、修道士で歴史学者でもあったジャン・マビヨンです。彼のおかげで、中世の文書の真偽を見分けられるようになったといわれています。ベネディクト会を代表する人物のひとりです。

ポーチ内の入口上には最後の晩餐のレリーフがあり、左右の柱の上部には半人半鳥のハーピーが見つかります。最後の晩餐に描かれた十二使徒の顔には、ハンマーで叩かれた跡や損傷が残っていますが、これはフランス革命の爪痕です。最後の晩餐は救いを、ハーピーは人間を誘惑する悪と混乱を意味しており、この二つがあえて並べて配置されています。いずれも中世修道院の一部を伝える貴重な彫刻です。

■ 南面・東面の外観と中庭 カフェから教会へ下りてきた方向とは反対側へ回ってみましょう。教会の中ほどに脇の入口があり、その右手に像の立つ小さな中庭があります。鐘楼は千年前のものですが、教会の始まりはなんと1500年前にさかのぼります。そのため、鐘楼のある西ファサードはロマネスクですが、後ろ側はゴシック様式です。ゴシックの代表的な特徴であるフライング・バットレス(飛梁)や窓の変化からわかります。半円形に張り出した厚い外壁は後陣と呼ばれ、この部分はまだロマネスクです。ロマネスクからゴシックへ移り変わる様子を最もよく伝える場所でもあります。ツアーの最後に訪れるノートルダム大聖堂と見比べてみるのもおすすめです。

中庭の入口にある像は、フランス・ルネサンスを代表する陶芸家で、装飾芸術史上の重要人物ベルナール・パリシーです。この中庭で見逃せないのが、セーヴル焼のポルティコ。1900年のパリ万国博覧会のために作られたもので、原型を留める数少ない作品です。この作品が取り付けられた壁は修道院の名残であるため、ここだけは「教会と修道院」と呼ばれます。セーヴル国立陶器製作所が手がけたこの陶壁は、ベル・エポック期のアール・ヌーヴォーの傑作とされています。代表作は「牧歌の泉」。羊飼いが登場するので宗教的な作品に思えますが、実は理想的な田園生活を表現したものです。

■ 教会の歴史 サン=ジェルマン=デ=プレ教会と修道院は、最も強大だった修道院のひとつで、スペイン遠征から持ち帰られた十字架の聖遺物を納めるために建てられました。中世には、独自の裁判所や図書館、学校まで備えた自立した組織でした。のちのソルボンヌ大学にも影響を与えています。現在王家の墓所として知られるサン=ドニ大聖堂ができるまでは、ここが王家の墓所でもありました。2度のヴァイキングの襲撃からフランス革命まで、幾度も衰退と再建を繰り返しています。

とくにフランス革命では、先に訪れたサン=トマ=ダカン教会と同様に、修道会が解散させられ、財産は没収され、修道院は破壊されました。違いは、サン=トマ=ダカン教会が建物の大半を残して倉庫や公共の場として使われたのち教会に戻り、今では美術館のような教会になっているのに対し、サン=ジェルマン=デ=プレ教会は仮設の監獄や軍用火薬庫として使われ、爆発事故で建物の大部分が失われたことです。

■ サン=ジェルマン通りと穴場のピクニックスポット サン=トマ=ダカン教会からここまで歩いてきたサン=ジェルマン通りは、サロンやカフェが多く、パリの知識人や芸術家が足しげく通うボヘミアン文化の中心地であり、貴族や裕福な市民が暮らす洗練されたエリアでした。通りの名前は、この教会と修道院に由来します。節制と清貧の修道院と、ルイ・ヴィトンやアルマーニなどの高級ブランドが隣り合う、相反するものが共存する空間です。ブランドの買い物袋を提げて歩いても安全な、パリでは数少ない場所だといわれています。

いま腰掛けているこの中庭は、パリの隠れたピクニックスポットとしてもおすすめです。パリの人々はここでランチをとったり、昼寝を楽しんだりしています。ル・ボン・マルシェで買ったフルーツやチーズをここで食べるのもいいでしょう。ただ、今回のツアーでは、リュクサンブール公園までお楽しみにとっておきましょう。

■ 教会の内部 サン=ジェルマン=デ=プレ教会は、最初に訪れたサン=ヴァンサン=ド=ポール教会に負けないほど意外性のある教会です。19世紀の修復の際に中世の雰囲気を生かしつつ華やかな彩色装飾が加えられ、独特の色彩をまとうようになりました。

身廊から祭壇のほうを見ると、フランス国旗の色のように赤・青・白に彩られたロマネスクの柱が並んでいます。柱の上の台座のような柱頭には、ライオン、鷲、人間の彫刻が見つかります。この教会は柱頭ごとに彫刻が施されているのが見どころで、とくに聖歌隊席の周りは必見です。上を見上げれば、ゴシック様式の天井は星をちりばめたよう。壁面の中世風の聖画は、新約聖書と旧約聖書の場面が向かい合うように配されています。周歩廊と呼ばれる祭壇裏の後陣に沿って歩くと、中世の彫刻や礼拝堂が並び、教会で最も古い雰囲気を味わえます。

サン=サンフォリアン礼拝堂は、聖ジェルマンの最初の墓があった場所で、その位置に記念の石板があります。教会の一部というより、田舎の小さな教会のような趣です。十字架のあるアーチには、11世紀のフレスコ壁画の痕跡が残っています。ここもフランス革命と無縁ではいられませんでした。忠誠の宣誓を拒んだ司祭たちがここに監禁され、連行されて処刑されたのです。壁の赤い四角の装飾は、その犠牲者を追悼するものです。

この教会では、フランス王家をはじめ、貴族、学者、芸術家など、さまざまな人々の墓も見られます。最も有名なのは「我思う、ゆえに我あり」のデカルトで、もうひとりがポーランド王ヤン2世カジミェシュの心臓の墓です。最初に出会った聖ジェルマン・ド・パリとジャン・マビヨンの墓もかつてここにありましたが、フランス革命後に損壊し、失われたといわれています。デカルトの墓は守られたものの、頭部は失われました。

■ 次の目的地へ 教会に向かって右手の道を渡り、まっすぐ進みます。2ブロック先、サン=シュルピス教会のある小さな交差点の手前の右側に、次の目的地があります。徒歩で約4分。道を渡るときは車に注意し、信号を守りましょう。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Diliff(CC BY-SA 3.0)。

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