パリの教会めぐり · 18/33

パリ · 訪問のヒント

カフェ・ド・フロールとレ・ドゥ・マゴ

パリ · パリ, フランス

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サン=ジェルマン大通りの角には、パリの文化史を彩った二つのカフェが肩を並べています。

■ カフェ・ド・フロール ジャン=ポール・サルトルやアルベール・カミュ、ピカソらが足しげく通った店です。赤い革張りのソファ、大きな鏡、真鍮の手すり、クラシックなシャンデリアに象徴されるアール・デコの内装が、100年前の空気をそのまま残しています。ダダイスムやシュルレアリスム、実存主義哲学は、まさにここで生まれたと伝えられています。テーブルの紙マットにも注目を。40年来の常連だった作家ジャン=ジャック・サンペの絵なのです。ただ、観光客があふれ、朝食でさえ行列に並ばなければならない店になりました。

■ レ・ドゥ・マゴ すぐ隣の建物の角にあるレ・ドゥ・マゴは、ヘミングウェイをはじめ、アンドレ・ジッドやフェルナン・レジェらがよく訪れたカフェです。外観はカフェ・ド・フロールと双子のようにそっくり。こちらも文学者や芸術家たちの行きつけのたまり場でした。窓際や外のテーブルに座ると、次の目的地であるサン=ジェルマン=デ=プレ教会が見えます。店内の柱に座っている二体の中国人形、「マゴ」を探してみるのも楽しみのひとつです。

■ 二つのカフェの共通点と違い どちらも多くの文学者、哲学者、芸術家が集い、交流と議論を交わす場でした。店名を冠した文学賞を授与している点も共通しています。コーヒーそのものよりも、サロン文化を体験しに行くのにふさわしい場所です。レ・ドゥ・マゴのほうがやや高級で観光客向けのイメージが強く、カフェ・ド・フロールは比較的伝統的なパリジャン・スタイルを守っています。伝統と物語のある店だけに、いつも観光客で混み合い、価格帯も高めです。ドリンクだけの注文がおすすめです。

■ ヘミングウェイとパリ ピューリッツァー賞に続いてノーベル文学賞も受賞したアーネスト・ヘミングウェイは、アメリカで生まれました。幼い息子にスカートをはかせるなど女の子のように育てようとした母と、釣りや狩りを教えて男らしく育てようとした父のもとで成長しました。こうした生い立ちは彼を第一次世界大戦への従軍へと向かわせ、その経験は作品にも大きな影響を残しています。彼の作品に生と死を扱った文章が多い理由のひとつでもあります。

第一次世界大戦後、彼は新聞社のパリ特派員として働きながら、当時のパリの多くの画家や文学者と交流しました。極めて簡潔で明快な彼独自の文体が確立されたのも、この時期です。その後ピューリッツァー賞を受賞し、翌年にはノーベル文学賞を受賞しました。

■ 作家をたどるパリ旅 ヘミングウェイはモンパルナスのカフェやアトリエをたびたび訪れ、ピカソら仲間の芸術家と交流しました。一時はモンパルナスに住んでいたこともあります。この時期は彼の作品にとっても、パリの文学史にとっても重要な時期で、作中ではモンパルナスでの暮らしも描かれています。パリ初期の新婚時代を過ごしたソルボンヌ大学近くのカルチェ・ラタンや、行きつけだったレ・ドゥ・マゴのあるサン=ジェルマン界隈も、ヘミングウェイと切り離せない場所です。カルチェ・ラタンについては、ソルボンヌ礼拝堂へ向かう道のりでご紹介します。

リュクサンブール公園と宮殿もヘミングウェイのお気に入りでした。なかでもリュクサンブール宮殿で開かれた印象派の展覧会を見て、多くのインスピレーションを得たといわれています。シェイクスピア・アンド・カンパニー書店は、貧しいパリ特派員時代に本を借りによく通った場所で、作家のフィッツジェラルドともこの頃ここで出会いました。書店のお話は、ツアー後半で改めてご紹介します。

■ 次の目的地へ カフェを背にして右へ顔を向けると、鐘楼が見えます。次の目的地、サン=ジェルマン=デ=プレ教会です。

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作品の前で、 再生するだけ。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Celette、Tom Hilton、Cheng-en Cheng、Diliff(CC BY-SA 2.0 / CC BY-SA 3.0 / CC BY-SA 4.0 / CC BY 2.0)。