オランジュリー美術館 · 1/122

パリ · 絵画

オランジュリー、温室から美術館へ

オランジュリー美術館 · パリ, フランス

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オランジュリーという名前は、フランス語で「オレンジの温室」を意味する。実際にこの建物は1852年、ナポレオン3世の命により、チュイルリー庭園のオレンジの木々を冬の寒さから守るために建てられた。長らく温室として使われていたこの空間に新たな運命が訪れたのは、第一次世界大戦が終わった後のことだった。1921年、フランス政府はここを美術作品の展示空間として活用することを決定する。

このとき、フランスの首相ジョルジュ・クレマンソーは、旧友であった画家クロード・モネにある提案を持ちかける。当時74歳だったモネは息子を失った喪失感から生きる気力を失っていたが、再び筆を取り、「睡蓮」を主題にした大作の連作に取り組んでいた。クレマンソーはこの巨大な作品群をオランジュリーに展示しようとモネを説得し、祖国に平和の記念碑を残したいと願っていたモネは1922年、国家への作品寄贈の契約を結ぶ。モネは建築家とともに展示室の設計に自ら携わり、自然光が差し込むよう天井にガラス窓を設けた。こうして無限大を象徴する二つの楕円形の部屋に、計8枚の巨大なパネルが掛けられることになった。残念ながらモネはこの空間の完成を見ることなく1926年に世を去ったが、クレマンソーの尽力により、彼が亡くなってから数ヶ月後の1927年5月17日、オランジュリーは開館を迎えた。

モネの作品で名声を得ていくオランジュリーには、もう一つのコレクションが加わることになる。20世紀を代表する美術商、ポール・ギヨームの所蔵品だ。彼は生前、「大衆に開かれたフランス初の近代美術館」を作ることを夢見ていたが、自らの手でそれを実現することはできなかった。彼の死後、妻ドメニカ・ヴァルターは夫の夢をかなえるためにコレクションを国に寄贈し、フランス政府はこれをオランジュリーで展示することを決定、1960年代から地下に新たな展示空間が設けられた。

2000年代には、モネの「睡蓮」に自然光を復元する作業とあわせて地下1階の空間を再整備する工事が行われ、2006年にオランジュリーは現在の姿で再開館した。地下1階にはポール・ギヨームとジャン・ヴァルターのコレクションのための常設展示室が新たに設けられた。かつてオレンジの温室だったこの建物は、こうしてモネの「睡蓮」とともに、ルノワール、マティス、ピカソなど20世紀初頭のパリの画家たちの作品を収める、パリを代表する美術館へと生まれ変わったのである。

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