パリ · 絵画
ポール・ギヨームとジャン・ヴァルター・コレクションの物語
オランジュリー美術館 · パリ, フランス
オランジュリー地下のコレクションを築いた人物は、20世紀を代表する美術商、ポール・ギヨームである。彼はよくイメージされるような裕福な家庭出身の美術商ではなかった。若い頃は自動車整備工として働いていた。
彼の人生を変えたきっかけは、アフリカから届いた荷箱の中で偶然見つけたアフリカの彫刻作品だった。当時の人々はアフリカ美術を単なる民芸品とみなしていたが、ポール・ギヨームはそこに宿る独特な造形と強い表現に芸術的価値を見出した。彼はこれらの彫刻を自分の整備工場の窓辺に展示し、人々に紹介し始めた。この小さな展示が、当時の詩人であり批評家でもあったギヨーム・アポリネールの目に留まり、アポリネールは彼をピカソをはじめとするアヴァンギャルドの芸術家たちに紹介した。
この出会いをきっかけに美術商の道を歩み始めたポール・ギヨームは、卓越した審美眼を発揮する。ピカソが「アヴィニョンの娘たち」を描く際にインスピレーションを得たアフリカ美術の重要性にいち早く気づいたのは彼であり、当時無名だったモディリアーニやスーティンといった画家の才能を信じて支援し、創作活動を続けられるよう助けた。しかし彼は「大衆に開かれた近代美術館」を作るという夢を果たせないまま、42歳の若さでこの世を去った。
ポール・ギヨームの死後、妻のドメニカがコレクションを引き継ぎ、その後裕福な建築家ジャン・ヴァルターと再婚して、二人はコレクションをさらに発展させ、作品を加えて規模を拡大していった。ジャン・ヴァルターもまた世を去ると、ドメニカは相続税の負担を解決すると同時に、二人の夫の夢を実現するため、コレクションを国に寄贈することを決意する。このとき彼女が活用したのが、相続税を現金ではなく美術品で納めるフランスの制度「ダシオン・アン・ペエマン」だ。こうしてオランジュリー地下のコレクションは、ポール・ギヨームの審美眼と、その夢を守り抜いたドメニカの努力が結実したものなのである。



