ノートルダム大聖堂 · 11/21

パリ · 建築

鐘塔と彫刻

ノートルダム大聖堂 · パリ, フランス

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視線をもう少し上へ向けて、ファサードの上層部を見てみましょう。最後の審判の扉のすぐ上の両側には、高さ69mの2つの鐘塔がそびえています。左側、つまり北塔のほうが高く、387段の階段を上って展望台まで行けます。開館時間や予約の要否は、訪問前に確認しておくと安心です。右側、つまり南塔には鐘があります。10個の鐘のなかでも、重さ13トンを誇る「エマニュエル」は特に有名です。1944年8月24日の夜、連合軍とフランスが第二次世界大戦で勝利を収めようとしていたときに鳴り響いた鐘の音は、歴史に残る瞬間でした。

2つの塔のあいだ、王のギャラリーのすぐ上の中央には、直径およそ10mにもなる巨大な円形の窓、西のバラ窓が見えます。ノートルダムを築いた名もなき職人たちの天才的なアイデアから始まり、ヨーロッパ中に広がった装飾です。もともと聖母マリアの神秘と重ねられていたバラに由来し、ゴシック聖堂でもっとも重要な建築要素であり、装飾要素でもあります。ノートルダムにはバラ窓が3つあります。いま目の前にある西のバラ窓と、聖堂の中でステンドグラスとして見られる南と北のバラ窓です。西のバラ窓の中央には、幼子イエスを抱く聖母マリアと両脇の天使がおり、神を中心にめぐる宇宙を表した、小さなコスモスになっています。バラ窓の左右にあるアーチ形の枠には、アダムとイヴの姿が見えます。

その上には、2つの塔をつなぐバルコニーに王たちがずらりと並んでいます。王のギャラリーです。彼らは旧約聖書に登場するユダとイスラエルの王28人で、旧約と新約をつなぐイエスの祖先を象徴し、ノートルダムの権威を示しています。ところが、この王たちには数奇な運命がありました。1789年にフランス革命が起こると、興奮した市民たちは、彼らを旧約の王ではなく、自分たちを抑圧してきた歴代のフランス王だと思い込んでしまったのです。そして巨大な彫像を高い場所から引きずり下ろし、首をはねてしまいました。一説には、怒った市民たちは首をはねられた王たちの頭を公衆トイレに捨て、その上で皆に用を足させたという逸話も伝わっています。いま見えている王たちは、19世紀に新しく作って復元したものです。無念にも首をはねられた本物の頭は、200年近く行方がわかりませんでしたが、1977年、近くの銀行の建物の工事をしていた作業員たちが、地中から偶然見つけました。現在、本物の頭部の彫刻は、すぐ近くのクリュニー中世美術館に大切に保管されています。ツアーのあとに立ち寄って、中世の文明にどっぷり浸ってみてはいかがでしょうか。

最後に、西ファサードから南塔の縁や角に集まっている怪物の彫刻を見てみましょう。大きく口を開けたガーゴイルは、語源が「喉」を意味し、先ほど説明したとおり、屋根の雨水を受けて遠くへ吐き出す排水口の役目を果たした、中世の実用的な彫刻です。恐ろしい姿で水を吐き出すように、悪魔を追い払うという象徴的な意味もありました。ガーゴイルが1200年代に作られたのに対し、頬杖をついて座っていたり、複数の動物が混ざり合った姿をしていたりするキメラは、17世紀から革命期にかけてほとんどが破壊され、19世紀に修復家のヴィオレ・ル・デュクが、当時有名な風刺画家ドーミエのスケッチを参考にして制作したと伝えられる、純粋な装飾用の彫刻です。中世のファンタジーを加えるために作られた、空想上の怪物です。なかでも、頬杖をついて憂いを帯びたまなざしでパリを見下ろす怪鳥、ストリクスと呼ばれるキメラが、いちばん有名です。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:foundin_a_attic、DXR(CC BY 2.0 / CC BY 3.0)。

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