パリ · 絵画
画家であり庭師、モネの花の庭
ジヴェルニー · パリ, フランス
花の庭は、その名のとおり花であふれています。目の前のベンチはフォトスポットですので、家を背景に記念撮影をしていきましょう。モネは1883年から1926年に亡くなるまでの43年間を、ここジヴェルニーで過ごしました。花の庭は、画家であり園芸家でもあったモネ自らが造り、手入れしてきた場所で、広さは8,000平方メートルにもなります。モネは、自分は画家である前に偉大な庭師だと、たびたび口にしていたそうです。自然を愛した彼の姿が伝わってくる言葉です。
コテージガーデン風の庭には、ケシ、アネモネ、スイセン、ライラック、チューリップ、アイリスなど、名前を挙げきれないほど多彩な花々が、「不調和の中の調和」を奏でながら咲いています。一見すると手入れが要らないほど思い思いに育っているようですが、少し離れて眺めると、見事な調和が取れていることに気づきます。意外にも柿やリンゴの木もありますが、実を摘んで注意されてしまう方がときどきいらっしゃいます。目で楽しむだけにしておきましょう。
モネは青年時代、ノルマンディーを旅する途中、ヴェルノンからジゾールへ向かう列車の車窓からジヴェルニーを見つけ、ひと目でその魅力のとりこになりました。そして1883年、ここに居を移します。リンゴ園だった現在の家の敷地と、その隣のピンク色の建物をあわせて購入し、造園の知識が深かったモネは、自分の好みに合わせて花や木を植え、今の花の庭を作り上げました。花が咲く時期と散る時期を細やかに計算して植物を選び、2週間おきに新しい花が咲くように工夫したそうです。美術書よりも園芸カタログを熱心に眺めるほどの入れ込みようで、自ら雑草を抜き、土を掘り、アイリス、スイセン、ケシ、バラ、ボタンを植えたといいます。目だけでなくあらゆる感覚を使って自然を理解しようとし、庭の世話で絵を描く時間が足りないとこぼしていたモネは、庭が円熟すると、花が咲く美しい瞬間を捉えて絵にしたといわれています。
とはいえ、モネの絵の大半が、睡蓮を描いた水の庭の作品であるのに対し、この庭で描かれた絵はほとんど残っていません。花と自然を愛した彼が、なぜここではあまり絵を残さなかったのかは、謎のままです。それでも、この庭の花を育てることに情熱と誠意を注ぎ、花の選択まで自分で決めたほど熱心であったことは、誰にも否定できません。色とりどりの華やかな花々は、100年前、水と光の精妙な戯れの中で刻々と姿を変える対象を執拗に追い、画布に収めようとした巨匠の情熱を知っているかのように、美しい姿を誇っています。
批評家のアルセーヌ・アレクサンドルは、モネの庭を、ありとあらゆる色彩の饗宴が繰り広げられるパレットのような特別な光景と呼び、偉大な色彩の達人が花で打ち上げた花火を楽しめる場所だと語りました。モネの花の庭は、今でも庭園デザイナーたちの憧れの場所です。
次の場所は水の庭です。庭の端にある地下道を通って渡ります。道が少し複雑かもしれませんので、次のチャプターの地図を参考にしてください。