パリ · 絵画
マルモッタン・モネ美術館
ジヴェルニー · パリ, フランス
なぜ「クロード・モネ美術館」ではなく、「マルモッタン・モネ美術館」なのでしょうか。ここはもともと、マルモッタン美術館でした。莫大な財力を誇ったマルモッタン家が収集した美術品を保管する場所で、一族のポール・マルモッタンがすべての作品と美術館をフランス芸術アカデミーに寄贈したことで、マルモッタン美術館として開館しました。マルモッタン家のコレクションはもともとナポレオン時代の各種美術品だったため、モネを目当てに入館すると、ヴェルサイユ宮殿やルーヴル美術館で見かけるような作品が続き、モネの作品はいつ出てくるのだろうと思われるかもしれません。クロード・モネの作品は、地下1階のモネ専用の展示室に収められています。
では、オルセー美術館でもオランジュリー美術館でもなく、なぜここにモネの家にあった作品が収められることになったのでしょう。実はここには、モネの作品が入る前から、ある人物の寄贈によって多くの印象派作品がありました。モネをはじめ印象派の画家たちの主治医だった医師が亡くなる際、それまで受け取った数多くの作品を娘に遺したのです。モネ、マネ、ルノワール、シスレー、ピサロといった有名な画家たちが、よろしくお願いしますという気持ちで、あるいは治療費の代わりに絵を贈ったようです。娘が受け継いだ作品をマルモッタン美術館に寄贈したことで、数多くの印象派作品が入りました。その後、ミシェル・モネの遺言でモネの作品がフランス政府のものとなり、どこに展示すべきか悩んだ末に、多くの印象派画家の作品が集まっていたこの場所が選ばれたのです。結果として、クロード・モネの作品が最も多く所蔵されているのは、オルセーでもオランジュリーでもなく、ここになりました。モネの作品を目当てに訪れる観光客が増えたことから、マルモッタン美術館はマルモッタン・モネ美術館へと名前を改めました。
モネの作品が増えるにつれ、地下にモネ専用の特別展示室も設けられました。オランジュリー美術館に着想を得て、モネの作品が来館者をぐるりと取り囲むような設計になっています。ここで最も有名な作品は、「印象派」という言葉の由来となった『印象、日の出』です。ぜひ実際にご覧になって、その感動を味わってください。
展示室の奥へ進むほど晩年の作品が現れ、絵の具を厚く塗り重ねた絵が登場します。ガイドは、近くで見たときには何を描いたのかまったく分からなかったそうです。タイトルを見ると『日本の橋』でしたが、それでもどこが橋なのか分からなかったといいます。ところが数歩下がって、日本の橋の連作を一望すると、ジヴェルニーで見たあの橋がはっきりと浮かび上がったのだそうです。近くから一度、離れて一度と見ながら、ジヴェルニーの水の庭を思い出してみてください。

