パリ · 絵画
オランジュリー美術館――モネが築いた睡蓮の部屋
ジヴェルニー · パリ, フランス
マルモッタン・モネ美術館が既存の美術館にモネの作品が加わった場所だとすれば、オランジュリー美術館は、モネの作品を展示するために特別につくられた美術館です。チュイルリー庭園の端にあるオランジュリー美術館は、もともとオレンジの木を育てる温室でした。光がよく入るよう天井はガラス張りで、フランス語でオレンジ温室を「オランジュリー」ということから、オランジュリー美術館の名がつきました。ここを美術館の場所に選んだのが、ほかならぬクロード・モネでした。
モネはジヴェルニーで第一次世界大戦を経験しました。山あいの村だったため、戦争の被害はほとんど受けず、戦時中も穏やかさと安らぎを感じながら絵を描くことができました。1918年に戦争が終わると、モネは平和の象徴として、巨大な睡蓮の連作8点をフランス政府に寄贈します。戦争に疲れたパリ市民が、自分の絵を通じてこうした安らぎと余裕を感じ、癒されることを願ったのです。当時のモネはすでに巨匠と認められていたため、どこにでも飾るわけにはいきませんでした。モネの指示のもと、自然光が入る部屋、白い壁、円形の展示室として設計されました。自然光を望んだのですから、ガラス天井のあるオランジュリーはうってつけでした。
フランス式の0階、日本でいう1階で、モネの巨大な睡蓮の連作を鑑賞できます。ほかの美術館とは違い、円形の展示室を睡蓮がぐるりと取り囲んでいて、その中央に座ったり、ゆっくりと周りを歩いたりしながら鑑賞します。これがモネの望んだ睡蓮の見方でした。モネは、観客が睡蓮を一つの作品として眺めるだけでなく、ジヴェルニーの水の庭にいるような感覚を味わってほしいと願っていました。そこで人工照明ではなく自然光を求め、白い壁と額縁も最小限にして、作品を見ているという感覚が生まれないようにしたのです。観客は睡蓮に包まれ、ぼんやりと絵を眺めることになります。睡蓮と、水面に映る空や柳の姿が、ジヴェルニーの風景を思い出させてくれるでしょう。ぜひ一度訪れてみてください。
地下1階にも、印象派の作品がたくさんあります。印象派にとどまらず、19世紀末から20世紀初頭の有名な画家たちの作品が集められている印象で、モネ、ルノワール、セザンヌ、マティス、モディリアーニ、ピカソ、ルソー、シスレー、モーリス・ユトリロと、耳なじみのある名前が並びます。これらの作品がここに入った経緯も興味深いものです。ポール・ギヨームとジャン・ヴァルターのコレクションです。
ポール・ギヨームはもともと美術商でした。美術品を集めて売る人は裕福なことが多いのですが、彼は普通の家庭に生まれ、自動車整備士として働いていました。自動車の部品をアフリカから輸入するうちにアフリカ美術に関心を持ち、それを買って売り始めたところ、かなりうまくいき、本格的に画商として活動するようになります。目利きだった彼は、先ほどご紹介した多くの印象派や新印象派の画家の作品を大量に購入しました。その資金で、貧しい画家たちを支援したこともあります。ところが42歳の若さでこの世を去り、すべての所蔵品は妻のドミニカに相続されました。ドミニカは裕福な建築家ジャン・ヴァルターと再婚し、コレクションを整理・拡充します。ジャン・ヴァルターはのちに交通事故で亡くなりました。その後、ドミニカはすべての所蔵品をフランス政府に委ね、二人の夫の名を冠した「ヴァルター=ギヨーム・コレクション」として、オランジュリー美術館で展示されることになりました。

