パリの百貨店 · 2/12

パリ · ショッピング

オスマン男爵が築いた近代都市パリ

パリ · パリ, フランス

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百貨店が登場せざるを得なかった背景を知るには、19世紀のパリへ向かう必要があります。そこで最初に出会うのは、ナポレオン3世の命を受けてパリを大規模に改造し、現在の姿を築いたオスマン男爵です。

改造前の19世紀のパリは、今のすっきりした街並みとはまるで違う、典型的な中世都市でした。最大の違いは道路です。狭く曲がりくねった道沿いに建物が勝手に建ち並び、歴史的建造物がどこにあるのかさえ分からないほど街は入り組んでいました。整備されていない上下水道には汚れた水が流れ、コレラなどの伝染病も流行しました。こうした道は、暴動の舞台にもなりました。革命の熱気がまだ冷めやらない時代で、曲がりくねった道にバリケードを築いて交通を麻痺させる暴動がたびたび起きたのです。さらに、140万人近い労働者を含む人口を受け入れるには住環境も公衆衛生も劣悪で、改造は避けられないものでした。

オスマンが力を注いだのは、街を乱雑にしていた根本的な原因である道路でした。エトワール凱旋門から放射状に12本の直線の大通りが延びる光景は、その成果です。狭くうねった道を広くまっすぐな大通りに変え、沿道には一定の規定に沿って建物を建てて統一感を持たせ、歴史的建造物がいっそう引き立つようにしました。大通りとともに整備された上下水道網は市民を伝染病から守り、広くなった道路のおかげで暴動も素早く鎮圧できるようになりました。

なかでも最も大きな変化は交通システムです。パリ市内初の公共交通機関である四輪の乗合馬車「オムニバス」が登場し、パリを中心とする鉄道網が敷かれたことで、市外への移動もしやすくなりました。人が集まるにつれてパリは経済成長の中心地となり、ナポレオンの願いどおり「フランスの頭脳であり心臓」となったのです。

オスマンの改造事業には、「容赦ないブルドーザー式の都市計画だ」「街が単調すぎる」「革命や暴動を鎮圧するための事業だった」といった批判もあります。それでも、200年前に計画された都市が今も健在で、多くの人に愛されていることを思えば、成功した事業といえるでしょう。そのおかげで私たちも、当時のパリジャンのようにパリを歩きながらショッピングを楽しむことができます。

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