パリの百貨店 · 3/12

パリ · ショッピング

「区別化」と百貨店の誕生

パリ · パリ, フランス

パリ
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今日、人々が仕事を求めて大都市に向かうように、19世紀には多くの人が仕事を求めてパリを目指しました。実際、パリには仕事がたくさんありました。産業革命がパリでも始まり、技術とともに発展を遂げるなか、かつてない物質的な豊かさを享受していた時代だったのです。機械化された工場で働く労働者はおよそ140万人、単純な衣料の仕事に就く女性だけでも約5万人にのぼりました。商業の分野でも技術の発展にともない、一定以上の収入を得られる職業とそこで働く人々、いわゆる「中産階級」が増えていきました。彼らは、現代の私たちに最も近い人々です。

お金ができたとき、人は何をしたくなるでしょうか。ブランド品を欲しいと思うのは、単に安い品より品質が良いからというだけではありません。有名人や富裕層が持つものを手にすることで「あの人たちと同じレベルの人間だ」という帰属意識を味わい、持たない人との違いを特別なものと感じて、自分を引き立てようとする心理が働くのです。目に見えない階級社会のなかで、上の階級への憧れを抱き、下の階級との差をつくり出すこの行為を、「区別化(ディスタンクシオン)」といいます。

200年前のパリジャンたちも、区別化をしていました。お金を稼ぐようになった中産階級は、労働者など庶民とは違う文化を持ちたいと考え、その方法として上流階級である貴族の文化を真似ました。ただ、貴族の贅沢品はあまりに高価でした。幸い、技術の発展で手頃な準贅沢品が作られるようになり、異国の商品も入ってきたことで、中産階級も自分たちならではの文化や流行をつくり出せるようになります。新しい流行の風が吹くなかで、「最新の流行品を売る店」という意味の流行品店(ヌーヴォテ)が生まれ始めました。

こうした流行品店は、パリ改造のおかげでアーケード・パサージュを離れ、すっきりと整ったパリのあちこちに店を構え、成長を重ねて拡大していきます。百貨店が100種類の商品を売る場所だとすれば、流行品店が少しずつ品ぞろえを広げて百貨店へと発展したのです。ボン・マルシェも、もとは流行品店でしたが、品ぞろえを増やして規模を拡大し、世界初の百貨店へと成長しました。

ところで、パリジャンは路面店が集まるアーケード・パサージュに向かったはずなのに、なぜ再び通り沿いの流行品店へ向かったのでしょうか。流行品店と従来の店は何が違ったのでしょうか。道がきれいになったから、というだけでしょうか。その答えは、次の章でお伝えします。

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