パリの百貨店 · 4/12

パリ · ショッピング

流行品店とアーケード・パサージュ

パリ · パリ, フランス

パリ
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パリジャンのショッピングモールとして定着したアーケード・パサージュですが、実はその中のお店は、買い物をするのにあまり向いた場所ではありませんでした。ガス灯の下で目を引くショーウィンドウに誘われて店に入ると、待っていたのは低い天井と薄暗い店内、そしてほこりをかぶって幾重にも積み上げられた商品でした。明るく清潔で、商品がきちんと分類されている今の店舗とは程遠い、息苦しい空間だったのです。

さらに驚くのは、出入りが自由ではなかったことです。身分によって入店が制限されていたわけではありません。ひとたび入ったら、何かを買わなければ出られなかったのです。まさに「入るのは自由、出るのは不自由」な場所だったのです。いくつもの店を気軽に回って価格を比べる現代とは違い、先に買うと決めてから値段を確かめるという、不便な状況でした。

そのうえ、値段もはっきり表示されていませんでした。人々は店主との値段交渉で品物を買っており、その過程で「だまされているのではないか」「適正な値段で買えたのか」という心理的な不安を覚えました。実際、値段も高めでした。こうした店は「詐欺を教える場所」「なくなるべき場所」とまで言われ、パリジャンたちは次第に購入をためらうようになります。当時の多くのパリジャンも、ウィンドウショッピングだけで済ませていたのかもしれません。

そこへ登場した流行品店は、まったく違いました。店内は明るく、天井が高いので息苦しさもありません。広々として見える空間に整然と並ぶ商品は目を引き、欲しい品も探しやすくなりました。薄利多売のおかげで、値段交渉をしても高かった従来の店より安く買え、価格が明示されているので、ぼったくられるのではという不安からも解放されました。出入りも自由で、現代の私たちのように何軒も回って価格を比べ、気に入った品を選ぶことができたのです。さらに、返品もできました。従来の店では返品はまったく受け付けられませんでしたが、流行品店では商品に問題があれば返品に応じてくれました。今では当たり前のことも、当時は初めての試みでした。流行品店は従来の店の問題を解決し、新しい買い物の場として定着していったのです。

店そのものの変化に加え、オスマンのパリ改造も、パリジャンをアーケード・パサージュの外へと導きました。改造後は、大通り沿いに並ぶ街灯が流行品店を明るく照らすようになり、ガス灯で輝いていたアーケード・パサージュはもはや特別な存在ではなくなりました。歩きやすくなり、新しい公共交通機関も登場したことで、大通り沿いの流行品店へのアクセスも向上しました。パリジャンにとってアーケード・パサージュは魅力を失い、わざわざ買い物をする理由もなくなったのです。

新しい買い物の場として成長を続けていた流行品店ですが、残念ながら、1848年の二月革命やナポレオン3世のクーデターといった社会の混乱と不況が続くなか、次々と倒産していきます。しかし、ボン・マルシェは不況を乗り越えて生き残りました。ほかの流行品店と何が違ったのかは、次の章でお伝えします。

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