パリ · 宮殿・各室
鏡の間
ヴェルサイユ宮殿 · パリ, フランス
鏡の間は、左側の壁に並ぶ鏡と、それに向かい合う右側の鏡形の窓から成り立っている。窓から差し込む光が鏡に反射し、空間全体を眩いばかりに照らし出す。
ここに使われているアーチ型の鏡は全部で17枚。鏡の間の建設が始まった1678年は、ルイ14世が親政を始めてからちょうど17年目にあたる年だったためと伝えられている。アーチ1つにつき21枚、合計357枚の鏡が使われ、1枚あたり黄金約5キログラムに相当する価値があったと推定されている。当時、鏡の製造技術はヴェネツィアが独占していたが、フランスは莫大な資金を投じてヴェネツィアの職人を密かに引き抜き、自国での鏡の生産を実現させた。イタリアの力を借りずともこれほどの鏡を作れることを示し、フランスの技術力と優秀さを誇示する狙いがあった。
天井には全部で30点の絵画が描かれている。シャルル・ル・ブランが手がけたこれらの天井画のうち、部屋の中央にある「国王親政」は単なる装飾画ではなく、ルイ14世の自伝ともいえる作品だ。他の部屋では神々の姿を借りて王を表現していたのに対し、この絵ではルイ14世自身が直接登場し、神話の人物たちはむしろ彼を取り囲む周辺に追いやられている。これは、ルイ14世が神の代理人として地上で絶対的な権力を行使していることを視覚的に宣言したものであり、手にした舵は自らの運命を切り開く意志を象徴している。鏡の間は大宴会や仮面舞踏会、外国の君主や使節を迎える公式行事などに幅広く使われ、現在でもさまざまな催しが開かれている。
ここで行われた最も重要な出来事は、第一次世界大戦を終結させた1919年のヴェルサイユ条約である。連合国と敗戦国ドイツの間で結ばれたこの講和条約には、歴史の皮肉が込められている。条約締結の約50年前、普仏戦争に勝利したドイツ帝国のヴィルヘルム1世が、まさにこの鏡の間を占領し、ドイツ帝国の誕生と皇帝即位を宣言したからだ。半世紀を経て同じ場所で結ばれたヴェルサイユ条約は、フランスがその屈辱を返した象徴的な出来事とされている。
この空間は現代史とも結びついている。2002年にはサムスン電子がヴェルサイユ宮殿全体を借り切り、最先端製品を披露するグローバルロードショーを開催したこともある。