サント・シャペル早わかり · 1/3

パリ · 建築

サント・シャペルの歴史

サント・シャペル · パリ, フランス

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サント・シャペル(Sainte-Chapelle)は、1246年に着工し、1248年に完成したパリの美しいゴシック様式の礼拝堂です。建築家は不明で、1862年からフランスの国定歴史建造物に指定されています。名前は「聖なる礼拝堂」を意味します。十字軍の遠征にも赴いた、フランスでもっとも信仰が篤い王として知られるルイ9世が、イエスがかぶせられた茨の冠の棘や十字架の一部といった聖遺物を納めるために建てました。ルイ9世はこれらの聖遺物を、コンスタンティノープルで莫大な代価を払って買い求めました。コンスタンティノープル皇帝がヴェネツィアの商人に借金をしており、聖遺物が担保に入っていたため、聖遺物はヴェネツィア経由でパリに届けられました。ルイ9世は1週間にわたる祝祭を催して、聖遺物の到着を迎えたといいます。サント・シャペルが完成するまで、聖遺物はヴァンセンヌ城に保管されていました。現在は、キリストの茨の冠をはじめとするルイ9世の聖遺物30点余りが、ノートルダム大聖堂に移されています。2019年に火災がありましたが、移された聖遺物はすべて無事だそうです。

サント・シャペルは、14世紀後半までフランスの王たちが暮らした宮殿であり、フランス最高裁判所でもあったパレ・ド・ジュスティスの中庭にあります。二層構造の礼拝堂のうち、上層は王族専用でした。しかし後の世の人々はルイ9世の信仰心にあまり共感せず、上層の礼拝堂は次第に使われなくなり、1789年のフランス革命の直前には穀物倉庫として使われることさえありました。その後は法律文書の保管所となり、書類棚がぎっしり並んで、ステンドグラスが見えなくなるほどだったといいます。建物を顧みないまま、さまざまな用途に使い続けた結果、19世紀には大規模な修復が必要になりました。

サント・シャペルは、コンシェルジュリーとともに、フランス第三の王朝であるカペー朝の建築のなかで、今もよく保存されている初期の作品です。フランス・ゴシック様式、なかでもレヨナン式の建築です。フランス・ゴシックは1140年に初めて登場し、19世紀半ばまで大いに流行した建築様式で、代表作にはノートルダム大聖堂やアミアン大聖堂があります。そのなかでも1240年から1350年の様式をレヨナン式と呼びます。壮大で重厚なゴシック建築を洗練させ、建材の物質的な重さを感じさせず、優雅で幻想的な建築をめざした様式です。サント・シャペルは、このレヨナン式の最高傑作のひとつとされています。規模で圧倒するのがゴシック建築の特徴ですが、サント・シャペルはそれほど大きな建物ではありません。それでも非常に美しく精巧で、「フランスでもっとも美しい建築」といわれます。

ルイ9世は、王宮礼拝堂サント・シャペルに王が支援した数々の芸術の傑作を飾ることで、西方キリスト教世界の指導者のなかでもっとも影響力のある王としての地位を確立しました。コンスタンティノープル皇帝が、宮殿からアヤソフィアへ続く通路を使って人知れず二つの空間を行き来していたことや、ドイツのアーヘンにあるシャルルマーニュの宮廷礼拝堂に似た二層構造が、サント・シャペルに取り入れられました。ルイ9世の影響力がヨーロッパ全土に広がるにつれ、この礼拝堂の名声も広まり、オーストリア・ウィーンのホーフブルク礼拝堂や、イギリス・オックスフォードのエクセター・カレッジなどが、サント・シャペルの影響を受けたといわれています。

不思議なことに、サント・シャペルは責任建築家の名が記録に残っていません。19世紀まではサン・ドニ修道院の改築を手がけ、ノートルダム大聖堂の南袖廊のファサードを完成させたピエール・ド・モントルイユだと考えられていましたが、近年の学者たちは、モントルイユではなく、さまざまな別の建築家をそれぞれ推定しています。

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