パリ · 街歩き
シェイクスピア・アンド・カンパニー――映画と文学が息づく書店
パリ · パリ, フランス
パリを舞台にした映画はたくさんありますが、ガイドがいちばん好きな作品は、先ほどお話しした『ビフォア・サンセット』です。『ビフォア・サンライズ』『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』と続くシリーズで、それぞれオーストリアのウィーン、フランスのパリ、ギリシャが舞台になっています。
アメリカ人のジェシーとフランス人のセリーヌは、列車の中で偶然出会い、すっかり意気投合します。ジェシーはウィーンで降りて、翌日アメリカ行きの飛行機に乗らなければならず、セリーヌはパリまで乗り続ける予定でしたが、ジェシーが一緒に降りて1日を過ごそうと誘います。お金があまりないのでホテルには泊まらず、街を歩き回ろうというのです。セリーヌも彼に惹かれていたため、一緒に降りることにします。ジェシーが旅立つ前、夜明けまでの時間を描いたのが『ビフォア・サンライズ』です。2人は恋に落ちますが、連絡先を交換して数回やり取りしただけで冷めてしまうのは嫌だからと、連絡先は交換せず、6か月後に同じ駅で再会しようと約束します。それから9年後の物語が『ビフォア・サンセット』です。約束どおり会えたのかという疑問から始まりますが、少しだけネタバレをすると、会えませんでした。その代わり、ジェシーはあの日のことを本にして、ベストセラー作家になります。世界各地で開かれる作家のトークイベントがパリでも行われ、その会場となったのが、ここシェイクスピア・アンド・カンパニー書店でした。その知らせを聞いたセリーヌが訪ねてきて、2人は9年ぶりにこの書店で再会します。ジェシーはその日の夕方の便でアメリカへ戻らなければならず、日が沈むまでの2人を描いたのが『ビフォア・サンセット』です。さらにその9年後が『ビフォア・ミッドナイト』で、実際に9年後に撮影され、俳優も、キャラクターも、観客も一緒に年を重ねていく作品です。3作を通して観ることをおすすめします。
この書店は、パリを舞台にした映画のなかでも最も有名な作品のひとつ、『ミッドナイト・イン・パリ』にもほんの一瞬登場します。作家である主人公ギルが書店に現れるシーンはわずか10秒ほどですが、あえて撮影したのには理由があるのでしょう。物語は、アメリカからパリへ旅行に来たギルが、1920年代へタイムスリップするところから動き出します。『グレート・ギャツビー』のフィッツジェラルド、『老人と海』のアーネスト・ヘミングウェイ、画家のパブロ・ピカソやサルバドール・ダリなど、芸術界の巨匠たちと直接語り合ううちに、ギルは変わっていきます。
監督のウディ・アレンは、ヘミングウェイが若い頃にパリで過ごした日々を綴った回想録『A Moveable Feast』をもとに、当時の時代像を組み立てたそうです。タイトルは「移動祝祭日」、つまり日付の決まっていない祝祭という意味です。この本の中でヘミングウェイは、1920年代によく通ったカフェや散歩道を描いており、行きつけの書店にも1章を割いています。その書店とは、もうお分かりですね。シェイクスピア・アンド・カンパニーです。パリで生活に困っていたヘミングウェイに、店主のシルヴィアは、よく知らない異国の芸術家であるにもかかわらず、本を無料で貸してくれました。ヘミングウェイは、彼女がとても親切だったと書いています。
アメリカ人のシルヴィア・ビーチは、英語の本を販売・貸し出しする書店として、シェイクスピア・アンド・カンパニーを開きました。当時パリに住んでいたアメリカ人やイギリス人が主に訪れ、文学談義を交わすことで知られるようになります。そこに集っていたのが、アーネスト・ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、ジューナ・バーンズらでした。ウディ・アレンは、そうした人物たちを映画の中に呼び戻したのです。
1919年の創業当時は、貧しい芸術家に本を無料で貸し出し、議論の場として開放していましたが、1950年代にジョージ・ホイットマンが現在の場所でその精神を受け継ぐ書店を開くと、店内に簡易ベッドを置き、貧しい芸術家だけでなく旅行者にも無料で宿泊できる場を提供するようになりました。その伝統は今も続いています。「タンブルウィード」という制度で、書店のホームページに載っているメールアドレスに連絡して申し込めます。条件は、宿泊者全員が1日1冊本を読むこと、数時間店の仕事を手伝うこと、そして自伝を1章書き残して去ることです。本を読み、店を手伝うのは分かるけれど、なぜ自伝を、と思いますよね。これについて現在の店主は、「ここは、人々が自分だけの物語を打ち明けられる特別な場所だから」と説明しています。実際に、数千通にのぼる自己紹介文をもとに、回想録を出版したこともありました。本を売るだけでなく、人々の物語に耳を傾ける場所として、長く愛され続けている書店です。