パリ · 街歩き
ビラケム橋――『インセプション』とエディット・ピアフの歌
パリ · パリ, フランス
この橋の上で、まず一曲聴きました。フランスの国民的歌手、エディット・ピアフの「水に流して(Non, je ne regrette rien)」――「いいえ、私は何も後悔していない」という曲です。どこかで聴いた覚えがあるとしたら、映画『インセプション』を観たことがあるからかもしれません。緻密なストーリーと斬新な題材に、レオナルド・ディカプリオの出演も加わった、クリストファー・ノーラン監督の作品です。
映画は夢をテーマにしています。他人の夢の中に入り込んで思考を盗む仕事をしていたディカプリオが、今度は頭の中に情報を植えつける「インセプション」を依頼されます。夢の中である情報を入力しておくと、目覚めたあとも、もともとそう考えていたかのように感じさせることができるのです。完璧なインセプションのために、夢の空間を設計する「設計士」を探すのですが、設計士が初めてディカプリオの夢に入って設計の練習をしていると、行き止まりになっていた空間の両側に鏡を配置して、そこを長い橋に変えてしまいます。その橋こそが、ここビラケム橋です。するとディカプリオは、実在する場所を使うと現実と夢の区別がつきにくくなるから、想像力を頼りに場所を設計するように、と告げます。夢の中で情報を盗んだり入力したりしている最中に問題が起きると、無理やり目覚めさせる必要がありますが、決められた時間に目覚めさせるための曲があります。それが、先ほど聴いたエディット・ピアフの「水に流して」なのです。
この曲は、エディット・ピアフが亡くなる3年前に、自分の人生を振り返りながら、何も後悔していないと力強い歌声で歌い上げた一曲です。彼女は非常に恵まれない幼少期を過ごし、栄養失調を患い、視力を失う危機にも見舞われました。恩師が何者かに殺害されたときには犯人の疑いをかけられ、愛する恋人を飛行機事故で亡くしたこともあります。決して平坦ではなかった人生を振り返り、過去のつらい記憶を洗い流すような歌です。
ただ、ピアフのいちばん有名な曲は、ほかにあります。モンマルトルのムーラン・ルージュでキャバレーのステージに立っていた頃、ある新人歌手と出会い、恋に落ちました。ハンサムで声も甘く、しかも6歳年下というフランスの俳優兼歌手、イヴ・モンタンです。イヴ・モンタンと甘い恋に落ちているとき、ピアフは「あなたに抱きしめられると、世界がバラ色に見える」と、わずか15分で歌詞を書き上げました。それが「ラ・ヴィ・アン・ローズ(La Vie en Rose)」、日本語でいう「バラ色の人生」です。そばに大切な人がいる方は、手をつないで、バラ色に輝くエッフェル塔を眺めながら聴いてみてください。この橋は、エッフェル塔が美しく見えて雰囲気もロマンチックなため、新婚カップルがウェディングフォトを撮影する姿もよく見かけます。世界がバラ色に見えているであろう二人の姿を眺めながら、少し切ない気持ちになっても、祝福の気持ちを込めて、エディット・ピアフの「ラ・ヴィ・アン・ローズ」を聴いてみましょう。


