パリ · 街歩き
シャンゼリゼ通りとエトワール凱旋門
パリ · パリ, フランス
シャンゼリゼ通りとエトワール凱旋門は、歌『オー・シャンゼリゼ』の主役です。アレクサンドル3世橋やアンヴァリッドから来る場合のルートは、参考画像に載せてあります。シャンゼリゼ通りを歩いて凱旋門まで行く予定の方は、見た目より距離があるのでご注意ください。遠くに凱旋門が見えたのですぐ着くと思ったものの、たっぷり20分はかかりました。疲れたら公共交通機関を利用しましょう。
凱旋門の後ろに続くシャンゼリゼ通りは、フランスの重要な政治・文化イベントが行われる場所です。名前の意味は意外なものです。「シャン」は野原、「エリゼ」は戦争で亡くなった英雄たちが憩う場所を指し、「戦争で亡くなった英雄たちが憩う野原」という意味になります。高級ブランドやショップが並ぶ華やかな通りなのに、名前はなかなか勇壮です。
エトワール凱旋門は、ナポレオンが戦争の勝利を記念して、カルーゼル凱旋門とともに建てたもので、平壌の凱旋門に次いで世界で2番目に大きな凱旋門です。ナポレオンがこれほど大きく造った理由として、彼の身長にまつわる話が語られます。ナポレオンは当時の平均より背が高かったものの、小柄であることにコンプレックスを抱き、建物を小さく造ると激怒したといいます。存命中に完成したカルーゼル凱旋門を見て「私が小さいとからかっているのか」と怒り、そこではるかに大きな規模でエトワール凱旋門を建てた、というのです。ただし、凱旋門はナポレオンの死後に完成したため、彼は生前に目にすることはできませんでした。凱旋門へは地下道で渡ります。信号のない場所での横断はせず、地下道の入口とフォトスポットは参考画像をご覧ください。
外観を見てみましょう。いちばん上には盾と剣が順に並び、盾にはナポレオンが率いた戦いと将軍たちが刻まれています。その下の騎馬の兵士たちは、出征して凱旋するナポレオン軍の姿です。柱には表裏あわせて4点のレリーフがあり、それぞれ1792年の出発、1810年の勝利、1814年の抵抗、1815年の平和を表しています。1810年の「勝利」のレリーフで中央に立つのがナポレオンで、月桂冠を授けているのは勝利の女神ニケです。ナポレオンの前にひざまずく人物はオーストリアのウィーンを表し、ナポレオンのヨーロッパ遠征で、ロシア・オーストリア連合軍に勝利した場面とされています。こうした話を聞くと、この前の通りが、なぜ戦争で亡くなった英雄たちのための野原、シャンゼリゼと呼ばれるのかが分かります。
凱旋門の頂上には展望台があります。ミュージアム・パスがあれば無料で上れ、パスがなくても入場料を払う価値は十分あります。上り道は少しきつくてめまいがしますが、頂上からはパリの街が広がり、放射状に延びる12本の大通りを見れば、「エトワール(星)」という名前の理由がわかります。時間帯を選べるなら、夕暮れどきに予約しましょう。夕焼けと夜景、その日はじめて輝くエッフェル塔まで楽しめます。次の目的地は、もう間近のエッフェル塔です。







