パリ · 街歩き
パリ最大の墓地、ペール・ラシェーズ
パリ · パリ, フランス
ペール・ラシェーズは総面積44ヘクタール、パリ市内で最大の墓地です。かつては「東墓地」と呼ばれていました。名前の由来は、ルイ14世の聴罪司祭だったペール・フランソワ・ド・ラ・シェーズです。20区に位置し、中心部からは少し離れていますが、最近はおしゃれな雰囲気で注目を集めるエリアでもあります。ブティックホテルの「ママ・シェルター」があり、中心部よりずっと静かなので、散策にもぴったりです。
フランス政府が博物館に指定し、市民に無料で開放しているこの墓地は、世界初の庭園式共同墓地であり、初の自治体運営の共同墓地でもあります。「共同墓地」と聞くとひんやりした印象を持つかもしれませんが、実際は庭園のように穏やかな空間です。第一次世界大戦の追悼公園でもあり、4,000本を超える木々が植えられています。当時のフランスを統治していたナポレオンが「すべての人は宗教や人種に関係なく埋葬される権利がある」と宣言し、1804年に開設されました。
設計を手がけたのはフランスの建築家アレクサンドル・ブロンニャール。その後、1824年、1829年、1832年、1842年、1850年と何度も拡張され、そのたびに必要な施設が加えられました。葬儀用の礼拝堂は、メニルモンタン大通り側の入口も設計したエティエンヌ・イポリット・ゴッドの作品で、ネオ・ビザンチン様式の納骨堂と火葬場はジャン・カミーユ・フォルミジェが設計しています。開設当初に埋葬されたのはわずか13基で、人気はありませんでした。そこで、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌやモリエールといった著名人の墓を移して注目を集めたのです。やがて人気が高まると順番待ちリストは長くなり、「パリで生まれ、パリで亡くなった人に限る」という規定まで設けられました。
何度も拡張し、厳しい規定を設けても、スペースは常に不足しています。30年以上手入れされずに放置された墓は整理できるという規定が新たに加わり、1基の墓に数十人を納める家族墓や、火葬した遺骨を納める方法など、スペースを効率的に使う工夫も続いています。現在は約7万基の墓に30万人余りが眠っており、厳しい基準をくぐり抜けた著名人も数多くいます。
敷地が広く有名人も多いため、墓地側が独自の地図を作って園内の各所に案内板として設置しており、入口では紙の地図ももらえます。見たい人物のお墓の位置に印をつけておけば、区画の整った園内を効率よく回れます。園内では、墓地に詳しい地元の人が「案内しましょうか」と声をかけてきたり、いきなり同行してガイドを買って出たりすることがあります。案内のあとにお金を求められるケースが多いので、丁重に断ってその場を離れましょう。
イギリス式庭園の形式で設計された園内には、さまざまな形の墓があります。ゴシック様式の墓、オスマン様式の家族墓であるマウソレウム、墓を守る天使像や守護聖人像で華やかに飾られた墓碑、写真がスライドのように切り替わる現代的な墓碑まで多種多様です。デザインが個性的で美しいため、有名ではない名もなきパリジャンのお墓にも自然と目が留まります。





