パンテオン · 18/28

パリ · 建築

聖王ルイの生涯

パンテオン · パリ, フランス

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この壁画は、フランスの著名な画家アレクサンドル・カバネルが描いた、聖王ルイの生涯です。聖王ルイとはフランス王ルイ9世のこと。名前に「聖」がつくのは、没後にローマ・カトリック教会から聖人と認められたためです。ルイ9世は敬虔なキリスト教徒として質素な生活を送り、ひたすら民のための政治を行った功績が認められて聖人となりました。壁画は彼の生涯を大きく3つの場面で語っています。左から順に見ていきましょう。

1枚目は、本をめくる母と、その話に耳を傾ける聖王ルイの姿です。彼は母から、非常に厳格で信仰深いキリスト教の教育を受けたと伝えられています。母は「おまえが罪を犯すのを見るくらいなら、私の足元で死んでいるのを見るほうがましです」とまで言うほど、きっぱりとした態度で教育したそうです。そうして育ったルイ9世は、毎朝2回ミサに参列し、就寝前には50回もひざまずいて祈ったといいます。国の運営も、キリスト教の精神に従おうとしました。自らの欲望を厳しく律し、清らかな人柄を保ち、他者を憐れんで施しを行いました。救護施設を建てて、ハンセン病患者や目の見えない人々を自ら世話し、貧しい人々の足を洗うことまでしたといいますから、民から尊敬を集めたのも当然の王であり、キリスト教徒でした。

2枚目は、公正な裁きを行う聖王ルイの姿です。日々の暮らしのなかで民に施すだけでなく、法や制度、裁判も公正なものにしようとしました。無罪推定の原則のような法制度を整え、極めて残虐だった拷問を和らげた人物だといわれています。

3枚目は、現在のエジプトにあたる地域で捕虜となったルイ9世の姿です。深い信仰心をもっていた彼は、イスラム教とキリスト教の戦いである十字軍にも参加しました。参加したのは第7回と第8回の十字軍です。最初に参加した第7回十字軍で敗れ、敵の捕虜となり、そこでイスラム教徒から激しい嘲りを受けました。この場面がまさにその様子です。大きな屈辱を味わったルイ9世は、雪辱を果たすべく、再び第8回十字軍に出陣します。ところが、すでに50代だったため体力的につらかったのか、壊血病にかかり、ついに戦地で亡くなりました。最期の瞬間まで、エルサレム奪還への思いから「エルサレム」と叫んでいたと伝えられています。

こうした熱烈な信仰心が認められ、彼は死後に聖人に列せられました。いまもルイ9世は、フランスで最も道徳的で献身的な君主として記憶されています。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Basileús、Centre des monuments nationaux(CC BY-SA 4.0 / Licence Ouverte)。

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