パンテオン · 27/28

パリ · 建築

マリー・キュリーの棺

パンテオン · パリ, フランス

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この部屋には、2人の科学者、マリー・キュリーとピエール・キュリーの棺があります。キュリー夫妻は、パンテオンに葬られた人々のなかで、夫婦そろってフランスの英雄と認められた唯一の夫婦であり、なかでもマリー・キュリーは、自らの功績によってパンテオンに葬られた初めての女性です。マリー・キュリーの「初」の記録はそれだけではありません。女性として初めてノーベル賞を受賞し、権威あるノーベル賞を物理学賞と化学賞で2度も受賞した偉大な科学者です。

棺に刻まれた名前には、「スクウォドフスカ」という文字が見えます。私たちには「キュリー夫人」としておなじみですが、マリー・キュリーには姓が2つあります。キュリーは夫ピエール・キュリーの姓で、スクウォドフスカはポーランド人だった父の姓です。マリー・キュリーはもともとポーランドのワルシャワの出身で、10歳のときに母を亡くし、独学で勉強を続けました。大学で数学と物理学をより深く学びたいと考え、パリのソルボンヌ大学に留学したことで、フランスでの暮らしが始まりました。

やがてピエール・キュリーと出会って結婚し、関心を同じくする2人は、共同で研究を行います。当時の学界は放射能に関心が集まっており、キュリー夫妻も放射能の分析を始めました。研究の末、2人はポロニウムとラジウムという新しい放射性元素を発見します。ポロニウムは祖国ポーランドにちなんで名づけられ、ラジウムは、外部からエネルギーを受けなくても自ら光を放つ性質から、「光線」を意味するラテン語にちなんで名づけられたといいます。ラジウムは、以前に発見されたウランよりも強い放射能をもち、学界の熱い注目を集めました。ピエールはラジウムを体に当ててみて、それが体に有害だと気づいたこともありましたが、これを逆手にとってがんの除去に活用したことで、代表的ながん治療法である放射線治療が生まれました。放射線治療は、がん以外のさまざまな治療にも使われ、いまなお多くの患者を救っています。

ポロニウムとラジウムの発見により、1903年に夫ピエール・キュリーとともにノーベル物理学賞を受賞し、夫の死後も研究を続けて、1911年にノーベル化学賞を受賞しました。第一次世界大戦中には、娘とともに携帯型のX線装置をトラックに積んで走り回り、負傷者を自ら治療したともいわれます。娘もまた、のちに放射能の研究を引き継ぎ、ノーベル化学賞を受賞しました。

しかし、マリー・キュリーは、負傷者の治療に追われるなかでも放射性物質をポケットに入れて持ち歩いて被ばくし、再生不良性貧血により世を去りました。ひたすら研究に打ち込んだ彼女は、ウラン鉱石8トンを素手で触り、溶かし、かき混ぜたほどだったそうです。亡くなったあとも、その遺体からはかなりの量の放射線が出続けていました。そのため、いまご覧いただいているマリー・キュリーの棺は、鉛で覆って放射線を遮断できるようにつくられています。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Rémih、Willem van Valkenburg、Piponwa(CC BY-SA 3.0 / CC BY 2.0 / CC0)。

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