パンテオン · 21/28

パリ · 建築

レオン・ガンベッタの骨壺

パンテオン · パリ, フランス

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地下へ下りると、ひんやりとした空気を感じます。亡くなった方々が眠る場所ですから、厳粛な態度で、静かに見学することになります。この地下墓所には最低でも300基の棺を安置でき、現在は80基ほどの棺が置かれています。すべてを見て回ることはできないので、フランスの歴史に大きく貢献した重要な偉人を選んでご紹介します。

まずは、19世紀の政治家レオン・ガンベッタの骨壺です。耳慣れない名前かもしれませんが、彼はナポレオン3世がクーデターを起こして自ら皇帝になったことに反対した、代表的な政治家です。フランスは1789年の革命のあと第一共和政を樹立しましたが、共和政を維持し続けることはできませんでした。10年後にナポレオンが反乱を起こして皇帝ナポレオン1世となり、さらにその50年余りのちには、ナポレオン3世が再び反乱を起こして皇帝になります。そのたびに共和政を支持する共和派は反発しましたが、ガンベッタはそのひとりでした。ナポレオン3世の帝政に反対したことで名を知られるようになり、ナポレオン3世が倒れて第三共和政が成立した際には、自ら共和国の成立を宣言しています。

ガンベッタは、ほかの偉人と違い、棺ではなく骨壺でここに安置されています。骨壺の上には「le coeur de Léon Gambetta(ル・クール・ド・レオン・ガンベッタ)」、フランス語で「レオン・ガンベッタの心臓」と刻まれています。この骨壺に納められているのは、火葬で残った骨ではなく心臓で、それ以外の遺体はニースの墓地にあります。遺体の一部を分けて埋葬するのは中世の伝統で、当時は遺体を傷つけずに移すことが難しく、バラバラにして移葬したそうです。

その文字の下には、1920年11月11日という日付が刻まれています。ガンベッタの心臓がパンテオンに移された日です。第三共和政の宣言から50周年、第一次世界大戦の終結から2周年にあたる日で、わざわざこの日が選ばれました。1919年、フランスは第一次世界大戦で荒廃した国の復興を進めており、議会は、戦争という混乱のなかでもひとつになったフランスを示す行事を探していました。そこで、第三共和政を宣言したガンベッタと、第一次世界大戦で犠牲になった無名戦士たちを、パンテオンに移すことが決まったのです(無名戦士は最終的に凱旋門の下に埋葬されました)。日付は、そのどちらにも関わりのある1920年11月11日とされました。フランスでは、第一次世界大戦の休戦記念日である11月11日は、とても大切な祝日です。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Rémih、Gamblrob、Chabe01(CC BY-SA 3.0 / CC BY-SA 4.0 / CC BY 2.5 / CC0)。

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