パリ · 建築
シャガールの天井画『夢の花束』
オペラ・ガルニエ · パリ, フランス
「この作品ひとつを見るためにオペラ・ガルニエを訪れる」という声があがるほど有名な、マルク・シャガールの天井画『夢の花束』です。オペラやバレエの音楽を作曲した偉大な作曲家たちへの敬意を込めた作品で、彼らのオペラやバレエの上演場面が描かれています。オペラ・ガルニエをはじめ、エッフェル塔、凱旋門、コンコルド広場といったパリを代表する建築物も、あちこちに描き込まれています。
シャガールは国際的なバックグラウンドを持つ画家です。1887年にロシアのユダヤ人家庭に生まれ、本名は「モイセイ・ザハロヴィチ・シャガール」でした。1910年、23歳のときに美術を学ぶためパリへやって来ます。パリに恋をした彼は、本名の代わりにフランス風の名前「マルク・シャガール」を名乗るようになりました。20世紀初頭のフランスで盛んだったキュビスムのピカソと、フォーヴィスムのマティスに影響を受けながら、独自の画風を築き上げました。キュビスムは、物体をさまざまな方向から見た姿を断片的に組み合わせて描く美術の潮流で、ピカソの絵のように、体は正面なのに顔は横向きといった具合に、複数の視点がひとつの画面に収められます。フォーヴィスムは、原色を使って荒々しく表現する潮流で、マティスの作品が代表的です。「キュビスムとフォーヴィスムを合わせたものがシャガール」という人もいますが、当のシャガールは、自分を特定の美術様式に分類されることを望まなかったといいます。
天井画には、多彩で夢幻的なシャガールならではの雰囲気が表れています。この絵は、当時のフランス文化大臣アンドレ・マルローの提案で描かれました。それまでここには、フランスの画家ジュール=ウジェーヌ・ルネプヴーが描いた天井画がありましたが、マルローがバレエ『ダフニスとクロエ』を観に訪れた際、既存の天井画が目障りだとして、新しい天井画を提案したのです。当時このバレエの衣装を担当していたデザイナーがシャガールで、マルローは彼の作品が気に入り、すぐに天井画を任せました。シャガールは3人の助手とともに8か月かけてこの大作を仕上げ、1964年に公開されました。
シャガールは「作曲家たちのオペラやバレエ作品が、美しい夢の中の鏡に映ったように表現したかった」と語っています。作品は大きく6つの領域に分けられ、それぞれ異なる作曲家のバレエやオペラ、そしてパリの建築物が描かれています。
赤い領域の中央には青いエッフェル塔があり、その右上に小さく描かれた人々の中に、子どもを抱いた夫婦がいます。シャガール夫妻と息子の姿で、家族への深い愛情がうかがえる部分です。シャガールの息子は、絵の中の男性の顔に黄色い点が打たれているのを見て、それが父シャガールだと気づいたそうです。そして、絵の中の赤ん坊が自分だと後から知り、喜んだといいます。
白い領域では、左上の赤い建物がオペラ・ガルニエで、その隣で天使が花束を抱えています。シャガールは花束を描くのが大好きで、「なぜそんなに花束を描くのですか」と尋ねられると、「愛する人に贈れる最高の贈り物は花束だから」と答えたそうです。シャガールにとって花束は「愛」を意味していました。彼は「私たちの人生において、生と芸術に真の意味を与える色はたったひとつ、愛の色だ」という言葉も残しています。
この絵が公開された当時は、「フランスの歴史的な建築にロシア系の画家の絵とは何事か」「似合わない」といった批判が多く寄せられたといいます。しかし今日では、パリ・オペラの名作とパリの名所をシャガール独自の画風で表現した点が評価され、オペラ・ガルニエで必ず見るべき作品として認められています。

