ノートルダム大聖堂 · 20/21

パリ · 建築

2019年4月15日の夜、そして復活

ノートルダム大聖堂 · パリ, フランス

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2019年4月15日の夜。私たち皆が息をのんだ悲劇と、奇跡のような復元の物語をお話しします。あの夜、最初の火災警報が鳴ったのは午後6時20分でした。残念ながら、当初は出火場所を正確に突き止められず、20分という貴重な時間を失ってしまいます。その間にも、炎は手のつけられないほど大きくなっていきました。火の手が上がったのは、「森」と呼ばれた屋根裏でした。800年ものあいだ、オークの木々が密に組み合わさっていたこの場所は、乾ききった古木ばかりで、炎にとって最高の燃料でした。火はまたたく間に屋根全体を呑み込み、パリ市内のどこからでも見えるほど巨大な黄色い煙の柱を立ちのぼらせました。あの晩、セーヌ川沿いに集まり、涙を流しながら聖歌を歌うパリ市民の姿をニュースで見た方も多いでしょう。パリの心臓であり人類の遺産でもあるものが、目の前で灰になっていくのを見守るしかなかった、本当に痛ましい夜でした。

そして午後7時56分、誰もが胸をつかれた瞬間が訪れます。ノートルダムの象徴だった尖塔が、松明のように燃え上がったかと思うと、力なく炎の中へ消えていったのです。そのときから、消防隊員たちの、時間との戦いが始まりました。炎が塔に燃え移り、中に吊るされた数十トンもの鐘が落下すれば、聖堂全体が崩壊しかねない、まさに絶体絶命の危機でした。その混乱のなかで、もうひとりの英雄が現れます。パリ消防隊の従軍司祭、フルニエ神父です。聖堂の構造を誰よりも知っていた彼は、消防隊員たちとともに人間の鎖をつくり、煙が立ちこめる聖堂内へ飛び込みました。そして金庫に納められていた荊冠と聖体を、無事に救い出したのです。一方では火を消し、もう一方では聖堂の魂を救うという、二つの戦いが同時に繰り広げられたことになります。夜11時を過ぎてようやく、消防隊長は主要な構造物を守り抜いたと発表し、パリはやっと安堵のため息をつくことができました。

翌朝、骨組みだけが残ったノートルダムの姿は、あまりに痛ましいものでした。けれども、その灰の中にも、奇跡のような希望が見つかりました。石造りの天井の大部分は持ちこたえ、先ほどご覧になった3つのバラ窓は澄んだ輝きを失わず、主祭壇のピエタ像も、その場に力強く立っていたのです。不幸中の幸いともいえる状況で、人々はそこから希望を失わず、復元という新しい歴史を紡ぎ始めました。

灰の中から奇跡を起こした、私たちの時代でもっとも偉大な復元プロジェクトです。貯金箱をはたいて寄付した子どもが話題になるなど、世界中から8億ユーロを超える寄付金が集まり、マクロン大統領は5年以内に聖堂を再び開くと約束しました。しかし、その道のりは最初から平坦ではありませんでした。火で溶けてあめ細工のように曲がった重さ200トンの鉄の骨組みが屋根に危うく引っかかっており、これを安全に取り外すだけで1年以上かかりました。その後も、崩落の恐れがある天井を支えるため聖堂内に巨大な木の構造物を組むなど、重症患者を看病するような慎重な時間が続きました。

本格的な復元は、まるで映画のようでした。まず、焼け落ちた森、すなわち尖塔の骨組みをよみがえらせるため、フランス全土から1,000本を超えるオークが寄贈されました。そこで立ち上がったのが、中世から続く最高の大工職人集団「コンパニョン(Compagnons)」です。驚くことに彼らは、現代の機械ではなく伝統の技法そのままに、手斧で巨大な木を削り、整えて、屋根と尖塔を組み直しました。巨大なオルガンも、8,000本ものパイプを一本ずつ分解し、磨いて調律するのに数年を要したといいますから、その丹精ぶりには頭が下がります。そして復元の過程で人々がいちばん驚いたのは、光の回復でした。数年がかりで石を一つひとつ磨き上げると、何百年分の汚れと火災のすすが取り除かれ、石本来の温かく明るい黄金色が現れたのです。この明るい黄金色こそ、20世紀の巨匠アンリ・マティスがこよなく愛した光です。彼はこの近くのアパートに住み、ノートルダムを何十回も描きました。聖堂の姿を光と色だけで表現しながら、その美しさを探求したのです。マティスの絵は、入口から左へ進むとご覧いただけます。

こうして明るくなった空間の中心に、新しい心臓が据えられました。デザイナーのギヨーム・バルデが手がけた、黒みを帯びたブロンズの祭壇です。かつての華やかな祭壇とは対照的に、とてもシンプルで重厚な佇まいで、土と大地、つまりあらゆる生命のはじまりの源を意味しているそうです。こうして生まれ変わった心臓を二度と失わないために、今回は21世紀の最先端技術でつくられた盾、新しい防火システムが設置されました。かつてのように大量の水を浴びせて建物を傷めるスプリンクラーではありません。ごく細かい水の霧を噴射して酸素を遮断し、火を窒息させる最先端のミスティングシステムです。聖堂は守りながら、火だけを消す仕組みです。火災前の聖堂は、お香とろうそくが立ちこめるけむたい空気のなか、全体に暗く重い雰囲気でしたが、今はまるで新しく建てられた聖堂に入ったかのようです。800年以上前の建立当時の色を取り戻したのです。こうして2024年12月に再び扉を開いた大聖堂は、数百年前の職人の手わざと、現代最高の芸術と技術、そして世界中の人々の願いがひとつに結ばれ、灰の中からいっそう輝かしく咲き誇った、生きた希望の証そのものです。

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