モンマルトル · 7/15

パリ · 街歩き

ルノワールの舞踏会が生まれた場所、ムーラン・ド・ラ・ギャレット

モンマルトル · パリ, フランス

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印象派の巨匠ルノワールの代表作『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』の舞台となった風車と舞踏場、ムーラン・ド・ラ・ギャレットです。この絵を理解するには、まず印象派がどのように誕生したのかを知っておくとよいでしょう。

時は1863年。当時のフランスで画家として認められるには、権威ある画家集団アカデミーが主催するサロン展で入選する必要がありました。しかしサロン展は、多様な芸術を追求するより、厳格な規則に従って描かれた絵だけを芸術と認めていました。これに不満を抱いた若い画家たちが、落選した作品を集めて「落選展」を開きます。この展覧会に出品されたのがマネの『草上の昼食』でした。裸の女性が鑑賞者をまっすぐ見つめる姿は、下品で風紀を乱すと非難されました。しかし若い画家たちはこの作品に影響を受け、アカデミーが望む絵だけを描く必要はないと、新しい画風に挑みはじめます。モネ、ルノワール、シスレーらは、正確な規則や形を重んじた当時の絵とは違い、光によって移ろう色を、自分が感じたとおりに描きはじめたのです。

モネが『印象、日の出』を出品すると、ルイ・ルロワという新聞記者は「形がまったく見えず、すべて歪んでいる。本質はなく印象だけが残った絵だ」と酷評しました。若い画家たちはこの評価をむしろ受け入れ、光から受けた感覚をそのまま表現する画風を「印象主義」と呼ぶようになります。その後、ルノワールやモネ、シスレーらが形よりも光と色を重視する印象派を広げていき、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』のような傑作が生まれました。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』は、午後のけだるい光を幻想的に描き出したと評されています。ここムーラン・ド・ラ・ギャレットは、もともと屋根が開け放たれ、あちこちに日差しが降りそそぐ舞踏場でした。日曜の午後になると、若いパリジャンたちが集まり、日差しを浴びながらダンスやおしゃべりを楽しんでいた場所です。これほど大きな絵を数時間で描き上げることはできません。時間がたつと太陽の位置が変わり、光の当たり方も色も変わってしまうからです。そこでルノワールは、毎回同じ時間帯に友人たちを招いて絵を描いたといいます。近くにアトリエを借り、1年半近くにわたって同じ時間にここへ通い、数多くのスケッチや習作を重ねました。

からみ合う木々の枝の間からこぼれる日差しを見事に表現したこの作品は、1877年の第3回印象派展に出品され、繊細な光の表現で大きな称賛を集めました。ルノワールを輝かせたこの名作が生まれたのが、まさにこのムーラン・ド・ラ・ギャレットなのです。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Zairon(CC BY-SA 4.0)。

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