マレ地区 · 1/36

パリ · 街歩き

マレ地区、パリの面影を宿す路地

マレ地区 · パリ, フランス

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マレ地区は、セーヌ川の北側、パリ市庁舎からバスティーユ劇場、レピュブリック広場までを含むエリアです。魅力的な路地のあちこちにパリの古い姿が最もよく残り、さまざまな文化や見どころが共存しています。パリの細い路地は、道しるべなしに迷路を探検するようにのんびり歩くのがおすすめと言われますが、行きたかった場所にたどり着けなかったり、同じ界隈をぐるぐる回ってしまったりと、リスクも少なくありません。マレはパリっ子がいちばん愛する街でもあります。このツアーは、パリっ子になったつもりで路地を思い思いに散策し、エリアの魅力をたっぷり味わっていただけるよう組み立てました。動線や距離の都合でコースに入れられなかった場所は、オーディオガイドの最後のチャプター「さらに巡りたい場所」に簡単にまとめています。

まずは「マレ」という名前の由来から。このあたりはかつてセーヌ川がたびたび氾濫する湿地帯で、フランス語で湿地を意味する「マレカージュ(marécage)」が地名の語源になりました。12世紀の中世には、水気を抜いて耕作地として使われはじめ、さまざまな野菜が育てられていました。13世紀には教会や聖堂、修道院などの宗教施設が建ち、14~15世紀にはフランス王の新しい宮殿が造られます。今は残っていませんが、かつて王が暮らしたオテル・サン・ポルやオテル・デ・トゥルネルがその代表です。宮殿の周りには貴族が集まり、「オテル・パルティキュリエ」と呼ばれる豪華な邸宅が次々と建てられ、マレはパリでもっとも華やかで活気にあふれ、気品に満ちた美しい地区として黄金期を迎えました。

17世紀にルイ14世が王宮をヴェルサイユ宮殿へ移し、貴族もそれに続くと、マレはほとんど見捨てられた地区になります。やがて工芸品をつくるアトリエや工房、工業製品を生産する工場が少しずつ建ち並んでいきました。今もこの街で愛らしい工房やギャラリーに出会えるのは、決して偶然ではありません。フランス革命後の18世紀には迫害を逃れた東欧系ユダヤ人が、第二次世界大戦後にはスペイン系や北アフリカ系のユダヤ人が集まり、マレの中心にはパリでもっとも古く活気あるユダヤ人街が形づくられました。現在は中華街やLGBTコミュニティの街並みも加わり、パリでも屈指の多彩な文化と歴史が重なり合うエリアとなっています。

マレを形容する言葉は尽きません。パリでもっとも古く、もっとも美しい地区。パリの歴史と栄光を伝え、貴族やブルジョワの華やかさを感じられる地区。ユダヤ人街であり、虹色の旗がはためくLGBTの街。文化と芸術の中心で、セレクトショップやトレンディな店が集まるショッピングの聖地。素敵なカフェやグルメスポットがあふれる、パリっ子にとって本物のホットスポットです。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より。撮影:Guilhem Vellut、Ajay Suresh(CC BY 2.0)。

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