パリ · 歴史・文化
並びながら聞く、モナ・リザ盗難事件
モナ・リザ · パリ, フランス
ついにモナ・リザの前にたどり着いた。列が長く見えても、実際は思ったより早く進むので、待っている間に興味深い話を一つ聞いてみよう。\n\nモナ・リザは、どれだけ近くから見ても3メートルは離れて鑑賞しなければならない。あまりに多くの人が押し寄せるため、安全上どうしても距離を保たざるを得ず、作品の前は強化ガラスで守られている。これほど厳重に保護されているのには、もう一つ理由がある。実は過去に本当に盗難に遭ったことがあるのだ。\n\n1911年8月、夕方までは確かにあった場所にあったモナ・リザが、翌朝忽然と姿を消していた。犯人はなかなか捕まらず新聞でも大きく取り上げられ、懸賞金までかけられたが、興味深いことに、それまでモナ・リザにさほど関心のなかったパリの市民たちが、「なくなった」というニュースを聞いてかえって押し寄せたという。当時容疑者として警察に呼ばれた人物の一人に、画家ピカソもいた。ルーヴルに頻繁に出入りしていたうえ、かつて無名の芸術家がルーヴルから盗んだ作品を購入していた過去があったため、疑いをかけられたのだ。\n\nしかし真犯人は別にいた。ルーヴルでしばらく働いていたイタリア人、ヴィンチェンツォ・ペルージャである。彼はイタリアの傑作がフランスにあることが気に入らず、盗んだとされている。当時は警備が甘く、絵を盗んでイタリアまで持ち帰ることには成功したが、問題はその絵があまりにも有名すぎたことだった。結局彼は2年間、自分のベッドの下にモナ・リザを隠していたが、フィレンツェのウフィツィ美術館に売ろうと館長に会いに行ったところ通報され、逮捕された。法廷で彼は「祖国に傑作を取り戻したかっただけだ」と主張したが、結局投獄を免れることはできなかった。こうして2年を経て、モナ・リザは再びパリに戻り、今もこの場所を守り続けている。\n\n盗難事件以外にも、モナ・リザを見られなくなりかけた瞬間があった。2018年、フランスのマクロン大統領が地方美術館の活性化を目的に、モナ・リザを全国巡回展示すると発表したのだ。しかし、木の板に描かれたこの500年前の作品を移動させれば湿気などで損傷する危険が大きいという学芸員たちの強い反対と、莫大な移送費用、そしてモナ・リザが姿を消せばパリの観光に大きな打撃を与えるだろうという懸念が重なり、結局この計画は撤回された。