パリ · 絵画
500年経っても解けない微笑み、モナ・リザ
モナ・リザ · パリ, フランス
「モナ・リザ」という名前はあまりにも馴染み深いが、その正確な意味を知る人は意外と少ない。Monaは「夫人」を意味し、Lisaは女性の名前だ。つまりモナ・リザとは「リザ夫人」を指す。リザ夫人の夫が妻の肖像画を描いてほしいとダ・ヴィンチに依頼したことから生まれた作品である。\n\n伝えられるところによると、ダ・ヴィンチが絵を描きに訪れたとき、リザ夫人は少し前に娘を亡くした悲しみに沈み、暗い表情をしていたという。ダ・ヴィンチは彼女に面白い話を聞かせたり、楽器の演奏を聴かせたりして微笑みを引き出し、その結果生まれたのが今のモナ・リザだというのが、500年間語り継がれてきた定説だ。\n\nしかしモナ・リザをめぐる話は、これ以外にも数え切れないほどある。顔立ちがやや男性的であることから、ダ・ヴィンチの自画像と骨格が一致するとして自画像ではないかという説もあれば、ダ・ヴィンチの弟子だったサライがモデルだという説もある。だが定説は今も「リザ夫人の肖像画」だ。\n\nモナ・リザの神秘的な微笑みは、《岩窟の聖母》でも紹介したスフマート技法、すなわち目尻と口角の輪郭をぼかす技法によるものだ。また、眉毛がないことでも有名だが、フィレンツェでは額が広いほど美人とされたため、ダ・ヴィンチが額を際立たせるために眉毛を描かなかったという説や、表情を固定させず神秘性を保つためにあえて省いたという解釈も伝わっている。ダ・ヴィンチ自身の記録が残っていない以上、真相は分からない。\n\nこの絵は三角形の構図で描かれ、背景はどこともつかない神秘的な風景だ。手や衣の襞の精緻な表現は、ダ・ヴィンチが実際に解剖学を研究していた画家であったことをよく物語っている。\n\nこの傑作がイタリアではなくフランスにある理由は、略奪ではなく正当な購入によるものだ。フランス王フランソワ1世はダ・ヴィンチを深く敬愛し、晩年の彼をフランスに招いた。ダ・ヴィンチはこのとき、洗礼者ヨハネ、岩窟の聖母、そしてモナ・リザを共に持参した。ダ・ヴィンチの死後、フランソワ1世は彼の弟子からこれらの作品を正式に買い取った。ダ・ヴィンチはフランスで幸福な晩年を過ごし、67歳でこの世を去った。その墓はイタリアではなく、パリから車で約3時間のアンボワーズ城にある。