パリ · 絵画
眠れる花・睡蓮と、モネ最後の30年
ジヴェルニー · パリ, フランス
池に沿って歩きながら、水面に浮かぶ睡蓮をご覧になっていますか。花は大きく開いているでしょうか、それとも下を向いているでしょうか。咲いていなくても、がっかりしないでください。睡蓮はもともと、普段は眠っている花なのです。漢字で書けば「睡(ねむる)」に「蓮」、まさに眠る蓮というわけです。睡蓮が顔を上げて花を咲かせるのは、日差しが強い6月から9月、その中でも光がよく当たる時間帯だけ。光に反応する花なのです。
モネは人生最後の30年を睡蓮を描くことに捧げ、その数は250点にのぼります。なぜこれほど多くの睡蓮を描いたのでしょうか。いくつかの説があります。
一つ目は、睡蓮を描くには水、大気、花、光をまとめて捉える必要があり、それこそがモネが生涯探し求めた最高の題材だったという説です。実際モネは、さまざまな角度から、刻々と変わる光、大気の流れ、水の動きを画面に描き留めました。
二つ目は、睡蓮がモネを悲しみから救い出した花だったという説です。モネは二番目の妻アリス・オシュデを亡くして間もなく、長男のジャンも失い、頼りにしていた画家仲間のルノワールも世を去って、つらい日々を過ごしました。3年間も絵筆を取らなかったといいますが、娘に勧められてふたたび描き始めたのが睡蓮だったそうです。自分を闇から引き上げ、絵の世界に連れ戻してくれた花だからこそ、特別な思い入れがあったのかもしれません。
三つ目は、モネ自身が生涯、光を狩るように追い求めて絵を描いた人だったということです。光に反応する睡蓮の姿に、自分自身を重ねたのではないでしょうか。晩年の睡蓮の作品が「モネの自画像」と呼ばれることがあるのも、そのためです。
睡蓮の絵は、最初はどこがすごいのかピンとこなくても、見れば見るほど不思議な魅力があります。今、池をご覧になると、水面に雲や柳、草の葉が映り込んでいますね。水に浮かぶ睡蓮ははっきりしているのに、映り込んだ像はややぼやけて揺れています。モネはその感覚を、驚くほど見事に絵の中に表現しました。ざっと筆を走らせただけに見えて、かすかな揺らぎ、映り込み、浮かぶ睡蓮がちゃんと描き分けられているのです。ところが晩年の作品になるにつれ、その境目は曖昧になっていきます。鮮烈な黄色やオレンジ、赤が使われ、何を描いたのか分からないほど絵の具が厚く塗り重ねられています。
強烈な光を追いかけて描き続けたモネは、晩年に白内障を患いました。色の区別がつかなくなるほど進行し、手術を2度も受けています。けれどもモネにとって白内障は、世界を見るためのもう一つのフィルターにすぎなかったのかもしれません。光を見る新しい目を手に入れたのです。いっそう強い色彩と抽象的な表現で描かれた睡蓮は、のちの抽象絵画に影響を与えたとされています。
さあ、水の庭と花の庭は、モネになった気分でゆったりと散策してください。出口へは、地下通路を渡って花の庭を抜け、モネの家の隣にあるお土産店を通って出ます。ちなみに水を買うなら、近くのカフェよりも、お土産店から出口へ向かう途中にある自動販売機のほうが安くおすすめです。


