ゴッホのオーヴェル=シュル=オワーズ · 10/12

パリ · 絵画

ガシェ医師の家と、隠れた画家ファン・リッセル

オーヴェル=シュル=オワーズ · パリ, フランス

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この家を訪れると、真っ先にゴッホを思い浮かべる方が多いと思いますが、ポール・セザンヌの「ガシェ医師の家」を思い出す方もいるかもしれません。セザンヌの絵はまさにこの家を舞台に描かれたもので、中に入って左へ上がると、その名残を見ることができます。入場は無料です。家の内部はほんのわずかしか公開されていませんが、外観の眺めと、町を見下ろすパノラマは見事です。

ガシェ医師は当時パリで病院を営んでいましたが、体の弱い妻のためにこの地へ移り住み、汽車で30分の距離にある病院へ通っていたそうです。ゴッホの作品の中でもっとも高値で売れた肖像画が、「ガシェ博士の肖像」です。単色で塗られた青い背景に、茶色の窓、黄色い紐、淡い色彩などで帽子を的確に描き、躍動的な筆づかいで生き生きとした表情を与えています。茶褐色の髪や群青色の服といった際立つ色が、ガシェの情熱的な姿を伝えています。ガシェ医師はホメオパシーの専門家で、肖像画の中の彼が、手にジギタリス(フォックスグローブ)という薬草を持っているのもそのためです。パリで医師として働くかたわら、オーヴェルでは開業医としても診療をおこなっていました。ゴッホの主治医だっただけでなく、ピサロ、マネ、セザンヌ、ルノワールなど多くの画家たちの担当医でもありました。

なぜ、これほど有名な画家たちが皆、同じ医師の診察を受けていたのでしょうか。ガシェ医師は若いころ、クールベやドーミエといった画家と親交を結んでおり、その影響か、自らも画家として活動し、ヨーロッパでも名の知れた印象派作品のコレクターでもありました。美術という共通の話題が絆となり、画家たちは自然とガシェ医師に診てもらうようになったのです。オーヴェルに腰を落ち着けたあと、ピサロがテオをガシェ医師に紹介し、テオが兄のゴッホを託しました。印象派の画家たちの支援者だったポール・ガシェ医師は、ゴッホを自宅に迎え入れて、医師であり友人となり、進んでモデルにもなってくれたそうです。テオは、ガシェ医師が画家でもあり、多くの画家を診てきたことから、兄のこともきっと上手に診てくれると信じていました。ゴッホが悲劇的な最期を迎えたあと、ガシェ医師は警察に呼ばれましたが、ゴッホの家族の誰もが彼を訴えたり責任を問うたりしなかったそうです。

興味深いのは、ゴッホがガシェ医師について残した記録に、「ガシェ医師は僕よりも病んでいるようだ」という言葉があることです。実際、ガシェ医師も鬱を患っていたといいます。鬱を抱えていたゴッホは、自分よりも深い鬱の中で生きるガシェを、はじめから見抜いていたのかもしれません。二人の仲は悪くなかったものの、ゴッホがガシェの娘マルグリットに好意を抱いて親しくなると、ガシェの態度が冷たくなったという話も伝わっています。

ガシェ医師は収集家であり画家でもあり、娘のマルグリットと息子のポール=ルイという二人の子どもがいました。息子のポール=ルイは成長して画商となり、父が集めた作品すべてと、父自身の絵まで受け継ぎ、亡くなる前にフランスに寄贈したそうです。そのため、ガシェ医師自身が描いた作品の多くが、現在ルーヴル美術館に収蔵されています。ただ、ルーヴルでその作品を探すのは本当に大変です。ガシェ医師が創作活動をしていたとき、「パウル・ファン・リッセル」という名前を使っていたからです。ルーヴルでガシェ医師の作品を見たければ、リッセルの名前を探してみてください。

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