凱旋門 · 9/18

パリ · 建築

「1792年の義勇兵の出発」と「1810年の勝利」

凱旋門 · パリ, フランス

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目の高さにちょうど合う、柱の彫刻から見ていきましょう。

右側の柱の彫刻は、凱旋門でもっとも有名な作品で、正式名称は「1792年の義勇兵の出発」。8月革命によってフランス第一共和政が誕生したことを記念して、フランソワ・リュードが制作しました。中央では、翼をもつ戦いの女神が剣を力強く突き出し、下の群衆に出陣を呼びかけるかのような姿をしています。当時のフランスは、革命が起こり、絶対王政や身分制度が大きく揺らいでいた大変革期でした。ヨーロッパの他の強国は、革命の波が自国の君主制や身分制度に及ぶことを恐れ、軍隊を送って革命軍を一刻も早く鎮圧しようとします。こうした外国の干渉と侵略から共和国を守るため、約20万人の義勇兵が集められ、プロイセン・オーストリア連合軍と戦ったヴァルミーの戦いで、革命戦争初の勝利を収めました。この彫刻にまつわる話として、女神の顔のモデルは彫刻家の奥さんだったと伝えられています。

正面左側の柱にあるのは「1810年の勝利」。ジャン=ピエール・コルトの作品で、1809年にオーストリア帝国とフランスの間で結ばれたシェーンブルンの和約を記念しています。中央の人物はナポレオンで、勝利の女神が彼の頭に月桂冠を載せています。ナポレオンの左下にはひざまずく女性がおり、城壁の形をした珍しい冠をかぶっています。これはナポレオンに征服された都市を擬人化したものです。その上で石板に何かを書き記している女性は、ギリシャ・ローマ神話で記録と歴史をつかさどる女神クリオ。ナポレオンの偉業を書き留めています。1810年は、ナポレオンの治世が絶頂に達し、フランス帝国の領土が最大となった年です。最初の妻ジョゼフィーヌと離婚し、オーストリア皇女マリー・ルイーズと結婚した年でもあります。

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写真は ウィキメディア・コモンズ より(CC0)。

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