パリ · 建築
ナポレオンの勝利を称える門
凱旋門 · パリ, フランス
シャルル・ド・ゴール駅の1番出口を出ると、遠くにエトワール凱旋門が見えてきます。凱旋門へ続く地下通路の入口付近、門の全体がよく見える場所で、まずはその大きさを確かめてみましょう。多くの方が「想像より大きい」と感じるこの門は、高さ50メートル、幅約45メートルにもなります。工事は1806年から1836年まで、実に30年を要し、完成当時は世界一高い凱旋門でした。
これほど巨大に造られたのは、戦場で挙げた功績を広く示したいというナポレオンの意向によるものです。戦死した兵士たちを悼む目的もありましたが、何でも大きいものを好んだナポレオンの嗜好が、そのままスケールに表れているといえるでしょう。
ナポレオンは、最大の勝利といわれるアウステルリッツの戦いで、兵士たちに「戦いが終わって故国へ帰るときは、必ず凱旋門をくぐらせる」と約束しました。1806年8月15日、自身の誕生日に、まるで自分への贈り物のように凱旋門の建設を命じます。その後、さまざまな設計案が出され、1808年に建築家ジャン・シャルグランが手がけた現在の形が採用され、最初の工事が始まりました。
出だしは順調ではありませんでした。建設地は平地ではなく、シャイヨと呼ばれる草木の茂った丘だったため、地ならしだけで約2年かかったのです。工期が延びるにつれ、兵士たちとの約束は果たせなくなりました。1810年、オーストリア皇女マリー・ルイーズとの結婚を祝う場では、本物の凱旋門の代わりに、凱旋門の絵を描いた木の板が立てられたといいます。
こうして壮大な計画を始めたナポレオン本人は、生きているうちに完成した姿を見ることはありませんでした。没後19年の1840年、最後の流刑地から戻った遺体の棺だけが、人々の歓迎の中でエトワール凱旋門をくぐり、アンヴァリッドに安置されたのです。



