パリ · 絵画
ピカソの晩年と、その後
ピカソ美術館 · パリ, フランス
幼少期から晩年まで、ピカソの生涯をたどってきました。死が近づくにつれて、ピカソは世間から孤立していきます。自宅を撮影しようとする人や、ひと目でも彼を見ようと集まる人々にうんざりして、家からあまり出なくなり、自然と妻ジャクリーヌ以外の遠い親族や古くからの友人たちとも距離を置くようになりました。同年代の仲間たちと比べて不思議なほど元気だった体も、次第に衰え始めます。1966年にはパリで過去最大規模のピカソ回顧展が開かれ、80万人を超える人々が訪れましたが、当のピカソ本人は、その展覧会を見に行かなかったといいます。家にいる時間が増えても、晩年まで精力的に多くの作品をつくり続けました。遺言書は残しませんでしたが、亡くなる1年前の自画像が、晩年の姿と思いを物語っています。死が近づいていてもなお、自画像の中のピカソは挑むような表情で、自分自身を見つめています。
1973年4月8日、ピカソはうっ血性心不全のため亡くなりました。その後、1977年、没後およそ4年がたった頃、4番目のミューズだったマリー=テレーズは、「亡くなったピカソの世話をする人が必要だから」という言葉を残し、68歳で自ら命を絶ちました。1981年には、ピカソの生前の希望どおり、フランコ将軍の死後、『ゲルニカ』が紆余曲折の末にスペインへ戻りました。1986年には、最後の恋人であり妻だったジャクリーヌ・ピカソが、59歳で拳銃自殺により生涯を閉じます。1997年には、5番目のミューズで写真家だったドラ・マールが、独り暮らしのまま89歳で亡くなりました。そして6番目のミューズ、フランソワーズ・ジローは、画家として活動を続け、2023年に101歳で亡くなりました。こうして一人の巨匠は、この世を去ったあとも、数えきれないほど多くの人々に影響を与え続けています。ツアーも、ゆっくりとここで締めくくりたいと思います。

