パリのピカソ · 24/27

パリ · 絵画

カンヌの別荘と最後のミューズ、ジャクリーヌ・ロック

ピカソ美術館 · パリ, フランス

ピカソ美術館
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『ラ・カリフォルニの画室(L'Atelier de la Californie)』には、先ほどお話ししたフランソワーズのあとに続く物語があります。フランソワーズがピカソのもとを去ったのは1953年。翌1954年、ピカソは最後の恋人であり、二人目の妻とも呼ばれるジャクリーヌ・ロックと出会いました。ジャクリーヌは、ピカソが陶芸に夢中になっていた頃によく通っていた陶器工場の管理人の姪で、その工場で働いていた女性です。若くして結婚して離婚し、一人で暮らしていました。陶芸の制作を通じて会う機会が増えた二人は、互いに惹かれ合っていきます。ジャクリーヌ・ロックは、ピカソにとって最後のミューズとなりました。

1955年、二人は南フランスのカンヌに移り住み、「ラ・カリフォルニ」と呼ばれる別荘で暮らし始めます。カンヌは、あのカンヌ映画祭のカンヌです。それにちなんでか、ピカソは映画の制作にも参加しました。仲間たちとつくった『ミステリアス・ピカソ』という映画です。この別荘は1955年に購入し、1961年まで二人で暮らした場所です。『ラ・カリフォルニの画室』は、1956年にここで描かれた作品です。

1961年、ピカソが80歳のときに、二人は結婚しました。最初の妻オルガが亡くなったことで、ようやく法的に結婚できるようになったのです。結婚式はごく静かに内輪で行われましたが、その日の新聞を大きく賑わす出来事でもありました。結婚後は、同じ南仏の別の町ムージャンに移り住み、ここがのちにピカソが生涯を閉じる町となります。ジャクリーヌ・ロックは、ピカソの最後の恋人であり二人目の妻として寄り添い、晩年、ピカソが病に苦しみ神経過敏になったときも、いつもそばで献身的に世話をしました。

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