パリ · 絵画
380回描いても顔を見せなかった女性、ボナールの浴室
オルセー美術館 · パリ, フランス
浴槽に体を沈めた一人の女性の姿。顔は見えず、体は柔らかく温かな色彩に包まれている。この絵を描いたピエール・ボナールは日本の版画から大きな影響を受けた画家で、大胆な構図や平面的な色面処理、思い切ったトリミングのようなフレーミングが彼の絵のあちこちに息づいている。
絵の中の女性は、ボナールの生涯の伴侶であり、モデルでもあったマルトである。二人が初めて出会ったとき、マルトは自分の年齢も名前も偽っていたと伝えられる。それでもボナールは生涯彼女のそばにいて、実に380点を超える絵に彼女を描き込んだ。ところが不思議なことに、その数多くの絵の中でマルトの顔をはっきりと見せる作品はほとんどない。彼女はいつもうつむいていたり、斜めに体をそむけていたり、水の中に沈んでいたりする。
ボナールはパリ郊外に家を構えた際、マルトのために専用の浴室まで用意したという。それほどまでに彼女は、彼の人生においても絵画においても中心的な存在だった。しかしボナールが描き出したのは、マルトという一人の人物の肖像というより、水と光と色が生み出す瞬間の空気感、そして長い歳月を共にした人への静かで深い愛情そのものだったと言えるだろう。
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