マレ地区 · 7/36

パリ · 街歩き

パリで最も古い家、木骨組みの建築

マレ地区 · パリ, フランス

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パリは街全体が博物館といえるほど古い姿をとどめた都市ですが、今私たちが目にするパリは、19世紀後半にナポレオン3世が進めたオスマンのパリ大改造の成果です。このとき数多くの建物が取り壊され、新しい様式の建物に建て替えられたため、パリでも中世の面影に出会うのは簡単ではありません。ところがマレ地区は、この大改造の対象から外れた地区でした。マレの集合住宅には上水道はもちろん下水道もなく、各家庭の汚物は狭い路地に捨てられ、長いあいだ汚物と悪臭の街という不名誉を背負うことになりました。かつて王や貴族の街として輝いたマレは次第に衰退し、パリで最も不衛生で老朽化した地域になったのです。

20世紀半ばになると、マレも再開発し、不衛生な古い建物は取り壊すべきだという計画が発表されました。しかしパリ市民は街の歴史を守ることを望み、破壊と建設ではなく再生と再利用を訴えて、取り壊しに反対しました。おかげでマレは、中世の細い路地や古い建築、過去の痕跡をあちこちに残す歴史地区として生き残ることができたのです。

さて、古い家の話に戻りましょう。バール通り12番地、「MJE」の看板がかかる建物をご覧ください。ひと目で古いとわかり、外に見えている木の骨組みが印象的です。この建物は、1階よりも2階のほうが前にせり出しています。ヨーロッパの古い街を旅すると、1階より2階、2階より3階のほうが大きくなった、上が張り出した形の家をよく見かけます。なぜこんな造りなのでしょうか。中世には、1階をすべて造り終えてからその上に2階を、2階を造り終えてから3階を載せるようにして、階数を重ねていました。階を上げるとき、木の柱を少しずつ手前に出して枠を組む必要があったため、自然に張り出しが生まれたのです。こうした家は、上階に広い空間を確保できるうえ、居住税を減らす効果もありました。パリでは建物が地面を占める面積を基準に居住税が決まっていたため、地面よりも大きく造った上階は、使える面積のわりに税が自然と軽くなったのです。

14世紀に数多く現れたこうした家は、16世紀に入ると建築が禁止されます。張り出した家々が狭い通りをふさいで日がまったく入らず、たまった汚物の悪臭が換気されないまま、伝染病が広がる原因になったからです。上階ほど大きくなる家は路地を洞窟のようにしてしまい、雨が降っても濡れずに済みそうなほどでした。ちなみに、中世建築で上階を築くために張り出させたこの部分は「アンコルブルマン(encorbellement)」と呼ばれます。

1540年に建てられたこの家は、当時は修道院として使われ、現在はMJEという会社が運営する宿泊施設、つまりホステルになっています。では散策を続けましょう。バール通りに沿って歩いてきた方向、つまりパリの北に向かってまっすぐ進みます。大通りに出ると、私たちは階段の上に立っています。

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