民衆を導く自由の女神
今ご覧いただいているこの作品のタイトルは、「民衆を導く自由の女神」です。
画家は、ウジェーヌ・ドラクロワです。
見たところ、フランスで起こった革命を背景に描かれた作品ですね。
では、何の革命かご存じでしょうか?
この作品は、多くの方が1789年のフランス革命を描いたものだと認識していますが、
実は1830年に起こった「三日間の革命」を描いた作品なんです。
それから、中央でフランスのトリコロールを掲げている女性がジャンヌ・ダルクだと思っている方が多いです。
しかしこの人物はジャンヌ・ダルクではなく、「マリアンヌ」と呼ばれる 女神なんです
名前がマリアンヌである理由は、当時フランスでよく使われていたマリーとアンヌを合わせてマリアンヌと呼んでいたためなんです。
マリアンヌはフランスの自由を象徴する女神でもあります。
では、フランスの国章を思い浮かべてみてください。
フランスを旅行でこのようなマークを街のあちこちで見かけたことがあると思います。
フランスのトリコロールの中央にマリアンヌの顔が入っている、フランス共和国のマークです。
そして下には、「革命・自由・博愛」という言葉が書かれています。
では、もう一度作品を見てみましょう。
詳しくみると、マリアンヌの服装は当時のものとは少し違います。
どちらかというと、古代ギリシャの女性の衣装のような感じですよね。
肩や胸元も大きく露出しています。
画家ドラクロワは、マリアンヌを描く際に、ローマ神話に登場する自由の女神リベルタスをモデルにしたと言われています。
そしてのちの、アメリカの自由の女神像もこれをモチーフに作られることになります。
また、ドラクロワはこの女性のインスピレーションを、洗濯の仕事途中、革命に参加した一人の女性から得たとも言われています。
彼女には弟がいたのですが、その弟は政府軍によって命を落としてしまいまいした。
彼も革命に参加していたのです。
そして結局、この女性革命の戦闘の最中命を落としてしまいます。
それからマリアンヌが被っている「フリジア帽」は、古代ローマ時代に自由を手に入れた奴隷たちがかぶっていた帽子でもあります。
この帽子からも、マリアンヌが自由を象徴する女神であることが分かりますね。
そして手にはフランス革命の象徴でもあるトリコロールを掲げています。
それから、この作品の中には、他にもトリコロールを表現している場所が、二か所あるんです。
どこでしょうか??
ただ、見つけるのは少し難しいかもしれません
一つはマリアンヌの足元に倒れている人物の服が、赤・白・青の三色で表現されています。
もう一つは、絵の右側にある建物の中にノートルダム大聖堂があり、その頂上にトリコロールが掲げられています。
これは少し見えにくいかもしれません。
そして、この絵の背景となった1830年7月革命では、パリ市民たちは鎮圧軍を追い払い、パリを取り戻しました。
その結果、当時の国王であったシャルル10世は退位し、亡命することになります。
この絵の場合、当時はあまり高い評価を受けることができませんでした。
女神であれば美しくあるべきなのに、汚く描かれているといった評価や、当時の美術界で評価されていた気品ある女性像とは異なることから多くの批判を受けることになります。
しかし当時、革命によって成立した新政府がこの絵を購入します。
そして王宮にこの絵が飾られますが
新政府の新たな国王となったルイ・フィリップの時代が終わるとこの絵は長い間、倉庫にしまわれたままとなり、1874年になってようやく世に出ることになりました