ミロのヴィーナス
今ご覧いただいているこの像は、「ミロのヴィーナス」です。
とても有名な彫刻ですが、誰が作ったのかは分かっていません。
名前も、発見された場所の地名から取って「ミロのヴィーナス」と呼ばれているんです。
この像は1820年ごろ、ギリシャのミロス島で、一人の農夫によって発見されました。
畑仕事をしていたとき、何かに当たったそうなんですね。
「何だろう」と掘ってみたところ、このヴィーナス像が出てきたわけです。
発見当時は、上半身と下半身が分かれた状態で、 腕はついたまま見つかったと伝えられています。
見れば分かるように、とても美しいですよね。
ですから、その農夫の目にも価値のあるものに見えたのでしょう。
そこで近くにいたフランスの外交官に見せたところ、
その外交官がすぐに買い取ったそうです。
そしてその翌年、ルイ18世に献上され、
現在はこのルーヴルに展示されています。
この像がフランスにやって来たとき、美術愛好家たちのあいだでは大きな話題になりました。
一つ目の理由は、ついにギリシャ・ローマ文明を象徴するような彫刻がルーヴルに来た、ということです。
もともとミロのヴィーナスが来る前、ルーヴルでギリシャ・ローマ文明を代表する作品とされていたのは「ラオコーン群像」でした。 見たことがある方もいるかもしれませんね。
この作品はナポレオンがイタリア遠征の際に持ち帰り、 ルーヴルに展示されていましたが、ナポレオン政権が崩壊すると文化財返還が行われ、この作品もイタリアへ戻され、現在はバチカン美術館にあります。
そのラオコーン群像がなくなったあとの空白を埋める存在として、このミロのヴィーナスが歓迎されたんですね
二つ目の理由は、黄金比です。
長いあいだ、この像は上半身と下半身の比率が1対1.6 1 8、つまり黄金比だと考えられていました。
ところが現代になって測ってみると、ミロのヴィーナスの比率は1対1.555だったんです。 クレジットカードやiPadも黄金比でできているという話も、実は正確ではないことが分かっています。
ただ当時は、それが事実のように信じられていましたから、人々は、美の理想である黄金比を持つギリシャ彫刻を見られると期待して、さらに熱狂したんですね。
そして三つ目の理由が、腕がないことでした。 ミロのヴィーナスは、発見当時には腕があったと伝えられていますので、フランスへ運ぶ途中で壊れ、どこかで失われたのではないかと考えられています。
実はルーヴルも、当初はこの像の腕を復元しようとしていたそうです。 でもよく見てみると、腕がないからこそ体の美しい曲線が際立って見え、腕がないことで、腕があった場合の姿を想像したくなりますよね。では、皆さんは、もしミロのヴィーナスに腕があったとしたら、どんな姿だったと思いますか。
専門家たちの推測では、右腕はおへその横あたりで、ずり落ちる服の布をつまむような形だったのではないかと言われています。一方左手には、ヴィーナスの象徴である黄金のリンゴを持っていたのではないか、と考えられています。
それでは次に、ギリシャ彫刻の中でも よりドラマチックな表現で知られるヘレニズム彫刻の代表作、「サモトラケのニケ」を見に行きましょう。 ミロのヴィーナスで写真を撮り終えた方から、次の場所へ移動していきましょう。