ナポレオンの戴冠式
今ご覧いただいている作品は、ジャック=ルイ・ダヴィッドの 《ナポレオンの戴冠式》です。
描かれているのは、1804年12月2日に行われた戴冠式の場面です。式のあと、1805年から1807年にかけて、およそ2年をかけて描かれました。
戴冠式はとても重要な国家行事ですから、当時の重要人物たちの多くが出席していました。
そのため、この絵の中にもたくさんの重要人物が描かれています。
中央を見ると、ナポレオンが皇帝らしい衣装をまとっていますよね。この服装そのものが、 「私はカエサルのローマのような帝国を築いていく」 というメッセージなんです。
その前では、皇后ジョゼフィーヌが、ナポレオンの持つ冠を授かるためにひざまずいています。
そしてナポレオンの後ろには、ローマ教皇ピウス7世がいて、祝福のしぐさを見せています。
ナポレオンとジョゼフィーヌのあいだで十字架を持っている人物は、 ノートルダム大聖堂の司教です。
もともとフランス国王の戴冠式は、 別の教会で行われることが多かったのですが、
ナポレオンは、そこでは自分の戴冠式を行うには狭すぎると考え、この壮大なノートルダム大聖堂を選んだんですね。
さて、皆さんは戴冠式と聞くと、どの瞬間がいちばん大事だと思いますか。
普通は、王がひざまずいて、 教皇が冠をかぶせる場面を思い浮かべますよね。
ところが、この絵ではそうなっていません。
王は立っていて、教皇は後ろに座っています。
では実際、この日何が起きたのでしょうか。
実はナポレオンは、自分の冠を自分でかぶったんです。
さらに、皇后ジョゼフィーヌにかぶせる冠も、自分の手で授けました。
本来なら教皇がするはずの役目を、 すべて自分でやってしまい、教皇はただ後ろに座っているだけでした。
その日の教皇の気持ちは、あまりよくなかったでしょうね。
でも、これこそがナポレオンの狙いでした。
自分は教皇より上の存在だ、ということをこの儀式で示したかったんです。
そして、それを絵として残すよう、 ダヴィッドに依頼したわけですね。
ダヴィッドはナポレオンの信頼を得たかったので、 ナポレオンが望むイメージをとても忠実に描きました。
そのため、この絵の中の教皇は まったく不機嫌そうには見えません。
この絵には、現実とは違って描かれている部分がほかにもいくつかあります。
たとえば、ジョゼフィーヌの頭上あたり、二階の貴賓席にいる満足そうに戴冠式を見守っている女性はナポレオンの母です。
ところが実際には、この日、ナポレオンの母は会場に来ていませんでした。
体調不良だったわけではなくなんと、息子のやり方が気に入らなくて来なかったと言われています。
そして母親にとって、 もうひとり気に入らない存在がいました。それが、嫁のジョゼフィーヌです。
ナポレオンの母は、この結婚に強く反対していたそうです。
理由は、ジョゼフィーヌがナポレオンより 5歳年上だったから。
この絵では若々しく見えますが、当時ジョゼフィーヌは40歳、ナポレオンは35歳でした。
さらに、ジョゼフィーヌの後ろに五人の女性が立っていますよね。
左の三人はナポレオンの姉妹。
その隣で赤い服の子どもの手を引いている女性は、ジョゼフィーヌの娘です。
ジョゼフィーヌは16歳で最初の結婚をしてすでに子どもがいたのでこの時点で、 こんなに大きな娘に、孫までいたんですね。
それもあって、ナポレオンの母は さらに反対していたと言われています。
しかも面白いことに、 このジョゼフィーヌの娘の夫は、なんとナポレオンの弟なんです。
ですから、か系図はかなり複雑なんですね。
ジョゼフィーヌとナポレオンの結婚生活は、 最初はうまくいっていましたが、ジョゼフィーヌが後継者を産めなかったことが やがて大きな問題となり、二人は離婚してしまいます。
さて、絵に戻りましょう。 ナポレオンと教皇のあいだに、 白髪の男性が描かれていますよね。この人物、なんとカエサルなんです。
カエサルは、ナポレオンが もっとも尊敬していた古代ローマの人物だったため、時代がまったく違うのに、 わざわざここに描き入れたんですね。
しかもダヴィッドはナポレオンに向かって、 「陛下、あなたが最も敬愛した人物でさえ、 今やあなたを羨んでいます」と持ち上げたとも言われています。
それから、ダヴィッド自身も この絵の中に登場しています。
ナポレオンの母が座っている二階席の さらに左側を見ると、絵を描いている男性が見えると思います。 それがダヴィッド本人です。
実際にこの場でそのまま絵を描いていたわけではありません。
まず会場で、人々の位置を細かく確認し、自分のアトリエで必要に応じて本人たちを呼びながら、 一人ひとり実物大で描いていったそうです。
そうした膨大な努力の積み重ねの中で、 この大作が完成したんですね。
実はこの絵、ほぼ同じものがヴェルサイユ宮殿にももう一枚あります。
ほとんど同じですが、 違うところはナポレオンの三人の妹のうち、 左から二人目の女性の衣装です。
ヴェルサイユ版では、 その服がピンク色に描かれています。
これについても面白い話があって、
画家ダヴィッドがその妹に片思いしていて、 わざとピンク色で描いた、 なんて言われたりもしています。
こうしてナポレオンの満足する作品を描き、 強い信頼を得ていたダヴィッドですが、ナポレオンが失脚すると、 自分も安全ではいられないと考え、ベルギーのブリュッセルへ亡命し、貴族の肖像画などを描きながら暮らし、77歳でブリュッセルで亡くなりました。
人としての行動だけを見ると、 尊敬できる人物とは言い切れないかもしれませんが、画家として見たとき、 彼が19世紀フランスを代表する 偉大な画家のひとりであることは間違いありません。