鏡の間
「鏡のま」に入ってきましたか?
私たちの左側には、鏡がずらりと並んでいます。
そして右側には、鏡と同じ形をした窓が並んでいます。
窓から差し込む太陽の光が鏡に反射して、この空間をさらに華やかに輝かせています。
こんなに、うつくしい空間ですから、やっぱり写真を撮らずにはいられませんよね。
誰もいない部屋で全身写真を撮れたら最高ですが、人が多いのでなかなか難しいと思います。
そこで、写真をきれいに撮るための3つのコツをご紹介します。
1つ目は、スマートフォンを顔より少し低い位置に構えて、やや上向きに撮影することです。
そうすると、ほかの人が写り込みにくくなり、鏡や美しい天井画もしっかり写真に収めることができます。
ふたつ目は、「鏡のま」の入口側ではなく、反対側を狙って撮ることです。
多くの人は「鏡のま」に入るとすぐ、入口付近で写真を撮ろうとするからです。
ですので、私の説明を聞きながら進み、人が少ない場所を見つけたら、すかさず写真を撮ってみるのがおすすめです。
そして最後のコツは、AIツールを使って、写真の背景に偶然写り込んだ人を消すことです。
私はこのまま「鏡のま」について説明を続けますので、タイミングを見ながら写真を撮ってみてください。
ここにあるアーチ型の鏡は、全部で17面あります。
なぜ17面なのでしょうか。
「鏡のま」の建設が始まった1678年は、ルイ14世が親政を始めてから17年目にあたる年だったからです。
1つのアーチに21枚、合計357枚の鏡が使われており、当時は1枚あたり金約5キロに相当するほどの価値があったと推定されています。
ものすごい価値ですよね。
当時、鏡の製造技術はヴェネツィアが独占していました。
現代で例えるなら、最先端の半導体技術のようなものだったのです。
そこでフランスは、まるで産業スパイのような作戦を行い、ヴェネツィアの職人たちを大金で引き抜き、フランスへ連れてきました。
そこまでして「鏡のま」を造った理由は明確でした。
イタリアの力を借りなくても、フランスにはこれほど多くの鏡を造る技術があることを示し、フランスの優秀さを誇示するためだったのです。
それでは、顔を上げて天井画を見てみましょう。
全部で30点の作品があります。
1階で、この天井画を手がけたシャルル・ル・ブランが描いたスケッチをご覧いただきましたよね。覚えていますか?
ここに、その完成作品があります。
それでは、「鏡のま」の中央にある「国王親政」の天井画を見てみましょう。
この天井画は単なる絵ではなく、いわばルイ14世の自伝です。
これまで見てきた部屋では神々の姿を借りて王を表現していましたが、ここではルイ14世本人が直接登場します。
つまり、あの絵の中に描かれている人物こそ、ルイ14世本人なのです。
むしろ神話の登場人物たちのほうが脇へと追いやられ、ルイ14世を取り囲むように描かれています。
これは、ルイ14世が神々の代理人として、地上で絶対的な権力を振るっていることを視覚的に宣言したものです。
手には船の舵をしっかりと握っており、自らの運命を自分の手で切り開いていくという意志も表現されています。
この場所は、主に盛大な宴会や仮面舞踏会の会場として使われていました。
また、外国のこくおうや使節を迎えるなど、公式行事の場でもありました。
現在でも、国内外のさまざまなイベントがここで開催されています。
この場所で行われた最も大きな出来事といえば、おそらくベルサイユ条約でしょう。
当時の写真を見ると、見覚えのある鏡が写っています。
ベルサイユ条約は、第1次世界大戦が終わった1919年、連合国と敗戦国ドイツとの間で結ばれた平和条約です。
一度は耳にしたことがありますよね?
では、こちらも聞いたことがあるでしょうか?
このベルサイユ条約がここで結ばれたこと自体、実はドラマチックな復讐劇だったのです。
ベルサイユ条約が結ばれるおよそ50年前、フランスはドイツに屈辱を味わわされました。
普仏戦争に勝利したプロイセン王ヴィルヘルム1世が、まさにこの「鏡のま」を舞台にしたのです。
彼はここでドイツ帝国の成立を宣言し、皇帝として即位しました。
当時の絵にも、見覚えのある装飾が描かれています。
そして約半世紀後、フランスは同じ「鏡のま」でベルサイユ条約を結ぶことで、かつて味わった屈辱をドイツに返したのです。
まるで「鏡のま」の鏡が、その屈辱をそのままドイツへ跳ね返したかのようですね。
それでは、写真も撮り終わったところで、次の部屋へ移動しましょう。