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睡蓮 — 第2楕円室

モネ オランジュリー美術館 地上階, 部屋 3

睡蓮 — 第2楕円室 — モネ

2つ目の部屋に入りましたか?

ここでも、中央のベンチに空いている席があれば、座ってゆっくりお話をお聞きください。

この部屋には、朝をテーマにしたモネの『睡蓮』が展示されています。

1つ目の部屋と同じように、瞑想するような気持ちで、ゆっくりと作品をご鑑賞ください。

鑑賞が終わったら、続きをお聞きください。

今では世界中で愛されているモネの作品ですが、1927年に『睡蓮』の連作がオランジュリーで初めて公開された当時、人々はこの作品にほとんど関心を示しませんでした。

なぜなら、当時の美術界では抽象芸術が注目を集め、印象派はすでに時代遅れの古典と見なされていたからです。

なんだか不思議ですよね。

伝統的な絵画に反発して生まれた印象派が、時が経つと、今度は古典として扱われるようになったのです。

そのため、オランジュリーで別の展覧会が開かれる際には、モネの作品が仮設の壁の裏に隠されてしまうことさえありました。

ところが時が経つと、ここフランスではなく、アメリカでモネの作品が突然注目を集めるようになります。

それは、第2次世界大戦が終わったあとのことでした。

当時のアメリカでは、ジャクソン・ポロックのような画家たちが、筆を大胆に動かしたり、絵の具を飛び散らせたりして、具体的な形を描かない抽象画を制作していました。

そこで、モネの『睡蓮』を見てみてください。

見てみると、池や睡蓮は、近くでは何が描かれているのか分からないほど絵の具が厚く塗り重ねられ、筆の跡がたくさん残っていますよね。

まるで形が崩れているかのように見えます。

これを見た抽象画家たちは、大きな衝撃を受けました。

彼らは、「モネは単に池を描いたのではなく、光や水の感覚を表現するために形を崩し、絵の具そのものが持つ力を見せようとしたのだ」と気づいたのです。

つまり、モネ晩年の『睡蓮』は、形から離れ、純粋な色さいで感情を表現する抽象絵画へとつながる先駆的な作品となったのです。

こうして、アメリカでモネの人気は一気に高まっていきました。

そして、その人気が再びフランスにも伝わり、モネの作品は改めて高く評価されるようになります。

その人気が、今も続いているというわけです。

それでは、ゆっくりと『睡蓮』をご鑑賞ください。

見終わった方は、1つ目の部屋を通り抜けて少し進むと、左側に地下へ降りる階段があります。

その階段を降りて、地下1階にあるジャン・ヴァルテルとポール・ギヨーム・コレクションを見ていきましょう。

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