モナ・リザ
さて、モナ・リザという名前は誰でも知っていますが、 実はその意味を知っている方は少ないんです。
Mona は「マダム」、つまり「奥さま」や「ご婦人」という意味。 Lisa は、その女性の名前です。
つまりモナ・リザとは、「リザ夫人」という意味なんですね。
この絵は、リザ夫人の夫が ダ・ヴィンチに依頼して描かれた作品です。
ダ・ヴィンチが依頼を受けて会いに行ったとき、リザ夫人は、絵のような微笑みを浮かべていたわけではなく暗い服を着て、とても悲しそうにしていたそうです。
そこでダ・ヴィンチがどうしたのか尋ねると、「少し前に娘を亡くしてしまって、とてもつらいんです」 と答えたと言われています。
泣いている姿を描くのではなく、 面白い話をしたり、 楽器を演奏させたりして、少しずつ表情をやわらげてもらい、 あの微笑みを引き出した。 これが、長く語り継がれてきた有名な説なんですね。
ただ、聞いたことがあるかもしれませんが、 モナ・リザには本当にたくさんの説があります。
この顔立ちがどこか男性的に見えることから、 いろいろな話が生まれているんです。
たとえば、ダ・ヴィンチの自画像と比べてみるという話があります。
これをモナ・リザと重ね合わせてみると、顔の輪郭や目、鼻、口の位置がかなりよく合うと言われています。
そのため、 「もしかして、ダ・ヴィンチが自分自身を描いたのでは?」 という説もあるんですね。
また、ダ・ヴィンチにはサライという弟子がいました。彼はダ・ヴィンチがとてもかわいがっていた人物で、 洗礼者ヨハネの顔のモデルにもなったと言われています。
そのサライの顔がモナ・リザにも似ていることから、 「実はサライを描いたのではないか」という説まで出てくるんですね。
そこからさらに話が広がって、 ダ・ヴィンチの私生活についての説まで語られることもあります。
ただ、いちばん一般的に受け入れられているのは、 「この絵のモデルはリザ夫人である」 という考え方です。
そしてご覧の通り、この微笑みはとても不思議ですが、これは、先ほど《岩窟の聖母》でお話ししたスフマート技法が、特に目尻や口元に使われているからなんです。 輪郭をやわらかくぼかすことで、 見るたびに表情が少し変わって感じられる。そのため、あの神秘的な微笑みが生まれているんですね。
それから、もうひとつ注目したいのが、 眉毛がないことです。
では、モデルに本当に眉毛がなかったのでしょうか。
フィレンツェには、 「額が広い女性ほど美しい」という美意識があったとも言われています。
そのためダ・ヴィンチが、 モナ・リザをより美しく見せるために、 あえて眉を描かず、額を広く見せた、という説があります。
また別の話では、 絵があまりによくできてしまって、本当は完成したらリザ夫人に渡さなければいけないのに、 手放したくなくて、 わざと眉毛だけ描かずに時間を引き延ばしていた、なんていう話まであります。
さらに、ある専門家は、意図的に描かなかったのだとも言っています。 眉を描いてしまうと、 表情がはっきり決まりすぎてしまうからこそ、 あの曖昧さや神秘性を残すために、あえて描かなかったのではないか、というわけです。
でも、どれが本当なのかは分かりません。
ダ・ヴィンチが日記に書き残してくれたわけではないので、 結局はどれも仮説なんですね。
つまりモナリザは絵そのものの完成度が高いから有名なのはもちろんですが、 たくさんの説を生む作品だからこそ 有名になった面もあるんです。だからこそ、 「モナ・リザは、ある意味で “マーケティングの成功例”でもある」なんて言われたりもするんですね。
このようにモナ・リザにはいろんなお話があります。
またこの絵は、構図としては 三角形の安定した形で描かれています。 背景も不思議ですよね。 もしかすると、 ダ・ヴィンチの無意識の世界なのかもしれません。
そして技法を見てみると、 手や衣のひだの表現など、 どれを取ってもダ・ヴィンチがルネサンスの巨匠であることがよく分かります。
特にこの手、これはまさに、解剖学に基づいた手なんです。
ルネサンスの大きな特徴のひとつに、 解剖学の発達があります。
人体をここまで精密に理解して描ける画家は、彼以外にいなかったのです。
では、こんなに重要な作品が、なぜイタリアではなくフランスにあるのでしょうか。
ナポレオンが奪ったから…… ではありません。
この作品は略奪品ではなく、 正式に購入された作品なんです。
フランス王フランソワ1世が、 ダ・ヴィンチの死後、 その弟子からお金を払って買い取ったんですね。
フランソワ1世は、 ダ・ヴィンチを本当に尊敬していました。 そのため60代だったダ・ヴィンチを フランスへ招きます。
そしてダ・ヴィンチもその招待を受け入れ、 フランスへ移り住むことになります。
そのとき、イタリアから持ってきた作品の中に、今日見た 洗礼者ヨハネ、 岩窟の聖母、 そしてモナ・リザが含まれていたんです。
フランソワ1世は、 ダ・ヴィンチが到着するとすぐに、 自分の別荘のそばに住まいを用意しました。
ダ・ヴィンチはそこで穏やかに暮らし、 そしてこのフランスの地で、67歳でその生涯を閉じます。
ですからダ・ヴィンチのお墓はイタリアにあると思いの方が多いのですが、実はフランスにあるんです。
パリから見ると、だいたい7時方向。 車で3時間ほど南へ行ったところに アンボワーズという町があります。そのアンボワーズ城に、 ダ・ヴィンチのお墓があります。
それでは、写真も撮って、説明も聞いて、モナ・リザをしっかり味わっていただけたら、 次の作品へ向かいましょう。